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Bless you 【後篇】

 磨りガラスのドア越し、店の入口に、未だ忘れる事等できないくらい松本の心を占めていた、その人のシルエットがある。
 ドアをひくと、直樹が一人、片方の手をポケットにつっこんでタバコをくわえていた。

「……終わった?」

「なにがよ」

 直樹の隣に並んだ松本は、寒さに肩をすくめた。立ち止まっていると、秋風の吹き溜まったところに、身体の芯から冷やされる感覚に陥る。
 きゃあきゃあと楽しそうにはしゃぐ若者の集団や、酔いどれのサラリーマンが、二人の前を漫然と通り過ぎていく。目で追って、直樹がため息をついた。

「さみーな」

「もう、どうでもいいと思ってたのよ。でもね、私」

 松本は大きく息を吸うと、直樹を指差した。

「入江くんが好きよ」

「ああ」

 直樹は、秋風に肩を竦めたまま、俯き足元を見ていた。
 立ち上る紫煙が風に奪われて、あっという間に周囲から消える。

「好きだったの」

「そうだな」

「そうだな、じゃないでしょ……」

 直樹は灰を落とすのを忘れているのか、ちびたタバコを咥え、前を見ている。

「でも、今日で本当に終わり!後はいいことが降ってくるのを待つわ」

「……いいことってなんだよ」

「相原さんに聞いたら?彼女、あなたが戻ってくるの待ってるわよ。隣の小上がりにはちゃらちゃらした男子学生もいたし、危ないんじゃないかしら」

「ああ」

 直樹は携帯灰皿にタバコをつっこむと、松本を見た。

「……松本、ありがとな」

「入江くんこそ、本当にありがとう。今度またお茶でもしましょ」

「っくし!!……さみいな。ったくおまえらのせいで」

「風邪なんかひいちゃダメよ、新郎さん」

 店を背に、一人で秋風を行く。突風が時折体を襲っても、松本は歩みを止めなかった。きっとフラッシュバックのように悲しみが降り注ぐことがあっても、「いいこと」は必ず降ってくるのだから。

 帰宅後松本は、酔いの抜け切らない頭で、あの二人とだったら、ほくほくの、美味しい焼き芋を、楽しく食べられるのではないかと考えていた。自分は世界一の幸せ者じゃないの。明日はさつまいもを買ってこよう。ラップで包んでレンジでふかそうか。松本は少しだけ泣いてシャワーを浴びに向かった。

 

 それから松本は、涙を零したことがない。

2009年5月10日

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