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いざない(R15閲覧注意)

 春の天気は移ろいやすく、朝は晴れていたというのに、今は細かい水滴が筋になって窓から滴り落ちている。俺はカーテンを閉めて、生乾きの髪の毛をタオルでごしごしとやった。

「また雨?」
「夜になると降るな、最近」
「イヤになっちゃう」

 琴子はため息をつくと、また視線をパソコンの画面に戻した。

「明日からせっかく二人とも連休なのにっ」
「お前、どっか出かける気なの」
「せ、せっかくだからデートなんて」
「一人で行ってきたら」
「ひ、ひどぉいっ」

 琴子はマウスを音を立てて机にぶつけ、立ち上がった。

「せっかくのお休みなのにっ!入江くんはどこも行きたくないの」
「……読んでない本がたくさんあるんだよな」
「んもうっ」

 ベッドに座って枕元におかれている本を手にとって思案していると、琴子はつかつかと歩み寄ってきて俺の手から本を奪い取った。

「お……重い……」
「返せよ」
「イヤよ!」

 琴子は何冊ものハードカバーを両手で持ち、引けた腰でよろよろと机に置いた。その様子はまるでおばあさんのようで、思わず顔がほころびそうになる。

「なにやってんだ」
「これはまた今度!」

 琴子は額の汗を拭うと、ベッドにダイブして俺にすがりついてきた。洗い立ての琴子の長い髪の毛が揺れて俺の顔を撫でる。ただよう甘ったるいシャンプーの香りに、俺は琴子の肩を抱き寄せてベッドに組み伏せた。

「ひゃっ」
「これも今度?」

 額を撫で、頬に口づけると琴子の身体がびくんと反応し、おずおずと俺の首に腕を回してきたので、俺は満足して琴子の唇を割った。早急に舌で探ると、さらに琴子の身体はしなり俺に身体をくっつけてくる。舌を絡めとってゆっくりと吸うと、しなった琴子の身体から力が抜けていくのがわかる。俺は琴子のパジャマのボタンを外しながら、息も絶え絶えな琴子に尋ねた。

「で、明日どうするって」
「っ……あの、あのね、どこか……どこかに」
「どこかってどこ」

 パジャマのボタンを二、三個外し終えたところで首もとに唇をよせ、くすぐるように顔を上下すると、琴子は俺の頭をかき抱いて歓喜のため息をもらした。

「あん……っとね……」
「だからどこかって聞いてるんだけど」

 首筋に舌を這わせ、触れるか触れないかのタッチでなぞると、琴子はふるふると頭を振って、行き場の無い手でシーツを握った。

「んっ……あのねあの井の頭公園っ」
「またかよ」

 ため息をつくと、吐息が耳にかかったようで琴子はまた身体をしならせた。

「あん……だって、だって考えられな……っ」
「じゃ、井の頭公園な」

 俺はもう一度琴子の唇に音を立ててキスを落とし、部屋の明かりを消した。

***

「こんなはずじゃなかったのにな……」
「なにが」

 露店で買ったフランクフルトをかじりながら、琴子はため息をついて俺を見上げた。

「ディズニーランドとか行きたかったな」
「なんでわざわざ人混みん中にいかなきゃいけねーんだよ」
「ミッキーに会いたかったな」

 琴子はまたも盛大にため息をついてかじりかけのフランクフルトを口に運んだ。口のはしについたケチャップを舌で絡めとる顔が無防備で、俺は努めて冷静に琴子の肩を抱いた。

「きゃっ……入江くん……」
「お前が井の頭公園が良いって言ったからきてやったんだろ」
「だ、だってそれは入江くんがいわせたんじゃないっ」

 ふくれっつらで、顔を真っ赤にしてしどろもどろに言い訳をする琴子にデコピンをかまして、俺はさらに強く琴子を抱いて足を早めた。少し行くと大きな木の生い茂る一角に、人目に付かない場所がある。昔、こいつとボートから落ちたときに服を乾かした場所。

「あ、ここ懐かしいね!」

 琴子も思い出したようで、俺の手をすり抜けて一角に走り出し、にやけた笑いを浮かべながら座って俺を手招きした。

「入江くんもすわろーよ」

 言われるがまま琴子の隣に腰掛けると、太陽の光で温められた芝生が心地よく、俺はゆっくりと横になった。太陽がまぶしくて横を向くと、琴子もフランクフルトを口にしながら横になり俺を見ていた。

「あったかいし、おいしいっ」

 また口のはしにケチャップをつけている。俺は琴子の両手を芝生に押さえつけた。勢いで食べかけのフランクフルトが芝生に落ちる。

「きゃっ!い、いりえくん!?」
「黙れよ」

 顔を近づけると、琴子は目をまん丸にしておびえ、口を半開きにしている。俺は琴子の目を見つめたまま、見せつけるように舌を出して琴子の口の端を舐め取った。しょっぱくて、甘い。

「んっ……い、いりえく……」
「黙れって」

 唇をふさぐと、琴子は次第に抵抗をやめ、うっとりとため息をもらし始めた。食いしばっていた唇の先を優しく舌でつつくと唇が弛緩する。舌をねじり込んで上顎を撫でると、琴子の手は俺のシャツをつかんで背中を撫で回した。

「あんっ……だめだよぉ」
「大きな声出すなよ、ここ公園だぞ」

 唇を離して無機質に言い放つと、琴子は目をつぶったままびくりと身体を硬直させ、首を振って俺を拒否するような素振りを見せた。そのくせ顔は真っ赤で、口元は誘うように開いている。事実、琴子の手は俺の背をせわしなく這っていて弱々しいながらも俺を抱き寄せようとしている。

「手、どうしたの」
「あんっ……ん……」
「人がこんなにいるのにな」

 耳元でささやくと、琴子は大きく首を振って、さらに俺を抱き寄せようとする。俺は琴子の顔の両側に肘を突いて見下ろし、琴子のぎゅっとつぶられた目と真っ赤に上気した頬、半開きで誘う唇を視姦した後、耳元でまたささやいた。

「誰かに見られるのが快感?」
「そっ……そんなことっ……」

 琴子は身をよじって俺を強く抱きしめてきた。そのくせ顔は左右に振って逃げようとするから、俺は琴子の足に自分の足を絡ませて強引に唇を割った。今度はこちらから進入しなくても、琴子の舌が俺の口内をゆるゆるとうごめく。ぎこちないその動きに我慢ならなくなり、舌を絡めて琴子に攻めいった。

「キャァァァァ!」

 琴子のシャツの裾から手を入れようとしたとき、遠くで叫び声と水の跳ねる音がした。振り返ると、一組のカップルがボートから水中に投げ出され、女がわんわんと泣いている。俺はため息を一つついて、琴子のシャツの裾を直し、体を起こさせた。

「どこにでもいるんだな、バカな女って」

 女をなだめる男に同情しつつ、横目で琴子を見ると、真っ赤な頬を膨らませて唇をとがらせていた。

「なんだよ」
「なんだよ、じゃないっ」
「なにが」
「こ、こんな真っ昼間からっ」
「おまえが誘ったんだろ」
「さ、誘ってなんかないっ」

 琴子はふくれっつらのまま立ち上がり、身体についた草をパンパンとはたくと、俺の腕をとって立ち上がらせようとした。

「なんだよ」
「もう帰るっ」
「帰って続きをする?」
「……っ! もう知らないっ」

 腕を引きながらずんずんと歩いていく琴子の後ろ姿には、まだ少しの草と、もうとっくに季節は終わったというのに桜の花びらがついていた。

「……春だな」

 桜の花びらをそっとポケットにしまいこんで、俺は家まで琴子に手を引かれて帰った。


2010年5月3日up

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