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しかえし【R15閲覧注意】

 帰宅してテレビのチャンネルを回していると、どれも見たことのないような芸能人がバカ騒ぎをしていて、仕事で疲れた脳には不快な刺激信号となって伝わってくる。居間に一人でいると、ばかばかしい番組を見るのは苦痛だ。一緒に笑いあえる家族が恋しくなってくる。

「なんかいいのやっててないかなぁ」

 CSにチャンネルを変えると、海外のドラマらしく、金髪の女性や「アジアン・ビューティ」と称されるようなきれいな女性が颯爽と街を歩いていた。吹き替え版だから目を酷使しなくてもいい。あたしはホットミルクを片手に画面を眺めることにした。

 ドラマは推理ものや刑事ものではなさそうで、ある金髪の女性を軸に、日々の出来事を追っていくドラマのようだった。女性が仕事で失敗する場面では、今日やらかしてしまった自分の失敗を思い出して思わず傍らにあったクッションに顔をうずめてしまったが、ふと耳に入った色っぽい吹き替えの声にあたしは顔を上げた。

 落ち込んだ女性を慰めようとしたのか、これもまたすらりとした格好のいい男性が肩を抱いて女性にキスをしている。

『バカ!』

「ん?どういう展開?」

 女性は男性を手のひらで叩き、走り去っていった。どうやら、男性は振られたらしい。

「かわいそう……。かっこいいのに……入江くんには負けるけど」

 走り去った女性は、足を踏み鳴らして不機嫌な音を立てながら家のドアを開ける。ベッドにはシーツをまとった男性が寝ていて、女性は涙をふいて男性に近づいた。

「ああ、この人が本当の彼なのかぁ」

『ケン……』

 女性は男性の傍らに膝をつくと、唇を重ねた。入江くんがあたしにするみたいに、大きく口を割って、音を立てている。

「わぁ、大胆……」

『ナオミ……』

「あ、彼氏起きた」

 口づけを受けていた男性の太い腕が、女性の背中を這い回る。女性は男性の上にまたがって、テレビカメラに見せ付けるように舌を絡めて音を鳴らし、唇を胸板に滑らせる。

『ああ、ナオミ、ナオミ……』

 男性は女性にされるがままうめいている。女性は男性の上半身をくまなくキスしてまわり、もったいぶるような手つきでゆっくりとスカートのファスナーを下ろした。

 その後はモザイクでも入れないといけないのではないかと思うくらいの濃密なラブシーンの連続で、あたしはすっかりり冷めてしまったホットミルクを両手に、画面を食い入るように見つめていた。

『君から誘ってくれるなんて嬉しいよ』

 女性に翻弄されてか荒い吐息混じりに、やけにいい声で男性がつぶやく。

「声優さんだからいい声なんだろうけど、でも」

『ああ、ナオミ、ナオミ……!』
『ケン、愛してるわ』

「あわわわ」

 本格的なラブシーンがはじまってしまいそうで、芸人のバカ騒ぎとは別の意味で脳にダイレクトに刺激が来そうだ。あたしはテレビのスイッチを消した。

「が、外人さんってば、大胆なのねぇ」

 あたしは、先ほどの男女と自分達を重ね合わせてみた。テレビを消す前にちらりと見えた、はちきれてしまいそうな豊満な胸もあいにく持ち合わせていないし、自分から誘うなんてもってのほかだ。未だに入江くんのことを下の名前でなど呼んだこともない。

「なななな、な、直樹……ひゃああ!!」

 ベッドの傍らにひざまづいて、入江くんの顎に手をかける自分を想像して、あたしはまたクッションをバンバンと叩いた。

「い、入江くんを自分で誘うなんてこと、今までしたことないかも」

 入江くんはいつも強引でマイペースだから、あたしはいつのまにか抱き寄せられて唇をふさがれ、あっという間にベッドに下ろされている。その後は入江くんのされるがままで、あたしはいつもまるでジェットコースターにでも乗っているかのような急激な快感に飲み込まれていく。いやだと言っても入江くんはやめない。本心ではないことをはなから知りつくしているような、あたしのことを全て分かっているとでも言いたげな入江くんのゆがんだ口の端を思い出して、あたしはもはや完全に冷えてしまったホットミルクを一気に飲み干した。

「あっ……あたしだって、立派な女だもん!入江くんを手のひらで踊らすくらいわけないわっ」

 疲れているからか、あたしには入江くんが強引過ぎるとしか思えないのだ。けしてそれが嫌ではないけれど、いつも入江くんのペースでことが運ぶのには、少々腹立たしい。いじわるで、冷たくて、そんな入江くんにあたしはいつも一喜一憂させられている。あたしの「好き」のほうが大きいからだとも思うけれど、たまには入江くんを自分の思うがままにしたい。

「よしっ、襲ってやるんだからっ」

 あたしはカップを台所に置いて、そっと階段を上がり、部屋のドアを開けた。規則的な寝息が聞こえる。ベッドの左側が入江くんの形に膨らんでいて、窓から漏れる月の光が顔を照らしていた。

「……まず、キスをして、それから……いいやもうっ」

 あたしは脳裏に焼きついている先ほどのラブシーンを振り払うように頭を振り、入江くんの枕元にひざまづいた。暗闇に浮かび上がる白い入江くんの顔はとても精悍で、時折ぴくりと動くまつげが色っぽい。少し開いた唇がまた艶めかしくて、鼓動が早くなる。あたしは入江くんと見つめあうときや触れ合うときはいつもドキドキして胸が痛くなるくらいなのに、もしかしたら入江くんはこんなことわけないのかもしれない。疲れているから、ただそれだけのような気もするけれど、頭が受け付けない。

 あたしは下ろした髪の毛を片手でまとめて顔を近づけた。少しだけ口を開けて、斜めに口づけてみる。入江くんはぐっすり眠っているようで吐息は規則的なままだ。それすらも腹立たしく思えて、あたしは意を決して深く唇を割った。入江くんがいつもあたしにするように、舌を差し込んで、ゆるゆるとかき混ぜてみる。

「んっ……」

 入江くんの口の中がとても熱くて、それだけで身体がとろけてしまいそうになる。思わず漏れてしまった自分の吐息に、顔を上げて身を固くした瞬間、あたしは背中を強い力で引き寄せられた。

「わわっ」
「……夜這いならもっとうまくやれよ」
「よっ、よばっ、夜這いじゃないっ」
「夜這いだろ」

 入江くんは口の端をあげて身体を入れ替えてあたしを押し倒そうとしてきた。

「やっ、やだ!やだ!」

 掴まれた腕を引いて渾身の力で抵抗すると、入江くんは不機嫌そうに唇をとがらせてまたベッドに寝転がった。

「なんなんだよ、ったく」
「いっ、入江くんはなにもしなくていいのっ」
「なんだよ、やっぱり夜這いじゃねぇか」
「ちっ、違うってばっ」
「……なにしてくれんの」

 入江くんはあたしの顔を伺うように腕を枕にして、からかいまじりの不機嫌な声でつぶやいた。入江くんの嫌らしい位の平常心が垣間見えて、あたしは突き動かされるように入江くんに覆いかぶさり顎を固定した。

「……おい、重い」
「入江くんは……だ、黙ってて!」
「はぁ?」

 あたしは入江くんの目を手のひらでふさぎ、また深く口づけた。先ほどと同じように舌を差し入れてみる。やはり気持ちよさにうっとりしてしまうけれど、あたしは自分を奮い立たせて音を立てて舌を吸い、角度を変えてさらに深く口づけた。

「んっ、だめっ」

 入江くんの舌がこちら側を犯そうとするのをさえぎって、さらに舌で口の中を丹念に触っていく。入江くんがようやくあたしにされるがままになったとき、あたしは音を立てて唇を離し、首もとへと顔をうずめた。

「……うまくなったじゃん」
「っ……」

 精一杯色っぽく口づけたつもりだったのに、入江くんはまだ余裕がある口調で言い放つ。それが気に入らなくて、あたしは入江くんの首を強く吸った。

「いて……お前、跡つくだろっ」
「いっ、入江くんは黙ってっ」
「……なんなんだよ」

 寝巻き代わりのTシャツをまくりあげて胸元にキスを落とすと、入江くんは邪魔だといわんばかりに強引に自分の首もとからTシャツを抜き差った。

「お前は脱がないの」
「……っ、もう、入江くんはしゃ、しゃべらないでっ」
「……わかったよ」

 ドラマのような色めかしい展開にならないことは分かっていたけれど、ここにきてまで主導権を握ろうとする入江くんの態度が気に食わない。あたしの大きな声にすこし身体をびくつかせると、入江くんはため息をついて抵抗をやめた。

 入江くんの胸元に唇を這わせて、肩から腕にかけても口づけていくけれど、入江くんからは一向に快感を伴った吐息が漏れてこない。あたしは苛立ちを感じておへそのまわりを少しだけ噛んだ。

「……んあっ……おい、それやめろ……っ」
「ここ、気持ち良いの?」

 入江くんは息も絶え絶えといった風にあたしの頭を手のひらで押して抵抗してくる。あたしは今まで感じたことのなかった征服感のようなものを覚えて、おへその周りを舌でぐるりと舐めあげた。入江くんの身体がしなり、けいれんしたかのように震える。

「っ……おい、琴子……っ、やめ……」
「やだ」

 まだおへそに口づけていると、入江くんは強引に上半身を起こし、あたしの両手を取ってベッドに押さえつけた。

「やっ、やんっ……!」
「お前、覚悟しとけよ」

 入江くんの力はそれまでと比べ物にならないほど強くて、抵抗を試みてもびくともしない。見上げると、少し伸びた前髪の奥に潤んだ瞳があって、熱情に駆り出されたかのような色が見える。顔が近づいてくる気配がして目を閉じた瞬間、重ねられた唇の隙間から食べつくされるかのように舌が入り込んできてあたしを飲み込んでいった。

「んっ……あんっ」
「お前に夜這いなんて十年早ぇんだよ」

 耳元で低く囁かれて、力が抜けていく。身体をまさぐられ、そのたびに吐息が漏れる。「本当に十年早かったかも」とつぶやくと、入江くんは胸元にうずめていた顔を上げて、得意げな顔をしてあたしの髪をなで、頬に口づけた。触れられた唇がとても優しげで、それだけで身体の奥がきゅんとなる。今日もこうして、入江くんに身をゆだねる夜が始まっていった。


 

 

2010年6月28日up

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