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引力【R15閲覧注意】

「わぁ、雪だよ、入江くん」
「さっさと帰るぞ」
「やだっ、ちょっと待ってて。今探すから!」
 さっきからずっと、このやりとりを繰り返している。あたしと入江くんの休日が珍しく重なった今日、あたしは渋る入江くんを家から引きずり出して街に繰り出した。行ってみたいショップがあったのだけど、住所を控えてきたのに見つからない。痺れを切らした入江くんがメモを見ながら探索してたどり着いた場所は、服など売っていそうにもない寂れた細い路地だったのだ。覚えてきた住所が間違っていたのだと、あたしは放っておいたら家に帰ってしまいそうな入江くんをしっかり掴んでカフェに入った。
「……まだ」
「えーと、なんだったかな、ショップの名前……」
 携帯で検索しようにも、場所が出てこない。ショップの名前すら間違っていたのかもしれない。あたしは携帯を放り出してホットミルクに口をつけた。
「ちょっと、休憩」
「お前、本当に帰るぞ」
「やーん、ちょっと待ってよ」
 歩き回って芯まで冷えた身体に、ホットミルクがじんわりと広がる。
「あっ、やだやだっ」
 席を立とうとした入江くんを椅子に引っ張り下ろして、あたしはまた携帯を開いた。覚えている限りの言葉を並べて検索ボタンを押してみる。しばらくページをめくっていると、見覚えのある名前にたどり着いた。
「入江くん、あったよ! 場所わかった!」
「で、そこは本当に男物もあるんだろうな」
「うん! 探してもらったお礼に、なにか……」
「ああ、程度のいい革ジャンが欲しいなぁ」
「お、お値段はいかほど」
「五万以上」
「……」
 あたしは値段は聞かなかったふりをしてホットミルクを飲み干し、目的地へと急いだ。

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「……お前どうみても」
 一時間は歩いただろうか。冬の乾いた風に、手がかじかむ。あたしは手に息を吹きかけて、ショップがあったであろう場所を見上げた。
「カラオケって書いてあるね……」
「いつの、なんの情報で仕入れたんだよ」
「えーっと、美容室で適当に見た雑誌に……」
「病院だの美容院だの、そんな場所の雑誌が古いくらいわかるだろ! お前は何年看護師やってんだよ“!」
「まあまあ、そんなにおこら……くしゅん」
 散々歩き回れば当然とも言える。鼻水が出て止まらない。あたしは鼻をすすった。今にも雪が降り出しそうなくらい重たい雲があたしたちの上にある。
「……あったかい飲み物飲みたい」
「お前はほんっとうに……」
 鬱陶しそうにだけど、入江くんはあたしの風表に立ってくれた。少しだけ寒さが和らぐ。
「周りには飲食店なし、駅も遠い……」
「くしゅん!」
 くしゃみが止まらない。ティッシュを取り出そうとカバンを降ろすと、入江くんに背中を押された。
「……とりあえず、カラオケ入るぞ」
「へっ?」
「歌わねぇからな」
「あ、ありがと入江くん……でもあたしどうせなら入江くんとデュエットし……わっ」
 入江くんが乱暴に押したせいで、あたしは入り口で転びそうになった。

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 浴室ほどの狭い一室には二人でちょうどいいサイズのソファが一つ置かれている。座ると、入江くんは黙ってメニューを渡してきた。なにか飲めということらしい。
「ありがと、えーっとホットココア」
「自分で注文しろ」
 入江くんは面倒くさそうに言うと、顎でインターホンをさした。
「ちぇっ、優しくなーいっ」
 インターホンを手に注文していると、ハンガーにコートを乱雑にかけた入江くんが耳打ちしてきた。急に顔が近づいて心臓が鳴る。
「俺、ビール」
「……なによもうっ。あ、すみませんあとビールを、はい、ジョッキでいいです」
 注文を終えてほどなくすると、ココアとビールが運ばれてきた。「おごりな」という入江くんの言葉は聞こえなかったふりをして、ココアをすすって一息つくことにした。
 部屋には、小さく有線が流れている。それに混じって近くの部屋から漏れる歌声も聞こえる。あたしは入江くんの席近くに、リモコン兼検索機を見つけると、手を伸ばした。入江くんが歌わないなら勝手に一人で歌ってしまおうという作戦だ。
 リモコンを取るには手を伸ばすだけでは届かず、入江くんの身体を越えなければいけないようだ。入江くんはビールを片手に、呆れ顔であたしを見ている。あたしは立ち上がり、弾みをつけてリモコンへとダイブした。
「つめたっ」
「なにやってんだ」
 強引に身体をねじ込んだ結果、ベリーロールのようなへんてこな格好で入江くんの上に乗っかることになった。入江くんの手が揺れて、大量のビールがあたしのセーターに降りかかる。
「つめた……つめたーいっ」
「リモコン欲しいなら言えよバカ」
 ひょいと取り上げられたリモコンで頭を叩かれ、その痛さと服が張り付く不快感にあたしは上半身を起こした。仰向けで転がっていたから、あたしのおしりはちょうど入江くんの膝のすぐ上に乗っかっている。体勢を整えるのにあたしは入江くんの首に手を回していて、まるで昨晩のようだ、と羞恥が襲ってきた。
「なに顔真っ赤にしてんの」
 入江くんは残り少なくなったビールを飲み干して、あたしに腕を回した。強く抱きしめられて濡れた部分がぐしょりと音を立てた。
「ぬ、濡れちゃうよ」
「なにが」
「なにがって、入江くんの……」
「俺の? お前がだろ」
 入江くんは耳に息を吹きかけると、そのまま耳たぶをはんで、ビールで濡れた胸を探るように撫でた。
「やっ、入江くん、ちょっと、ねっ」
「うるさい」
 入江くんの唇が首元に下りていく。硬くした舌先で鎖骨から顎までをなぞる。あたしの抗議の声に気を良くしたのか、入江くんはさらに下へと進む。胸は服が張り付き、きっとあたしの身体でもそれなりにエロティックなんだろうとふと思ったとき、服の上から胸の先を吸われた。
「やぁんっ」
「ビールが旨いなぁ」
 入江くんは我関せずといった風に、尚もしつこく胸を吸う。ちゅうちゅうと音を立てる入江くんを半分目を開けて見下ろすと、穏やかな安心しきった顔をしてあたしの胸にすがりついていた。気持ちよさと恥ずかしさ、そしてどこからともなく湧き上がる安心感に声を上げると、入江くんは満足げにもう片方の胸に顔をうずめた。耐え切れずに大きな声が出てしまう。入江くんは声を気にしてか、リモコンを片手に番号を押し、尚もあたしをいたぶり続けた。
 入江くんが選曲したのは、北島三郎の「祭り」だった。やたらと景気のいいBGMにのせて、入江くんは特段気にしていないように服の中に手を入れてくる。サビに差し掛かったところで、あたしは入江くんの動きを制した。
「あのっ……祭りは、さすがにムードがないと思うの」
「乾くまで吸ってやるから我慢しろ」
「ええっ」
「ほれ、リモコン」
 入江くんに手渡されたリモコンで適当に入力すると、今度は吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」にぶち当たった。慌てて選曲をしなおそうと試みるも、入江くんにホールドされて動けない。あたしは笑いをこらえながらも気持ちよさには勝てず、なされるがままになっていた。
 その後も何度か選曲を試みるも、見事に景気のいい曲ばかりで、あたしは途方にくれた。もっと冷や汗をかいたのは、会計を済ませるときだ。室内には防犯のためカメラが備え付けられており、当然あたしたちの行為も丸見えだったらしい。平謝りをするあたしを尻目に、入江くんは「だから最後までしなかったんだよバカ」とあたしの額をデコピンした。
知っていたけど、入江くんはやっぱりいじわるだ。
 


 

 

2011年1月21日up

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