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宝島<3>

 運転手は若い今風の男性で、あたしを見て驚愕の表情を浮かべたが、なにかを感じ取ってくれたのかすぐにドアを開けてくれた。
「なっ、なんですか急に」
「あのバスに置いてかれたの! どうか追いついて!」
男性はあたしを見て、にやりと笑って車を発進させた。あたしはサンルーフを開けて上半身を乗り出してアピールしたが、一向にバスが停まる気配はない。
「そこのバス! 停まりなさぁい!」
「おねえさん、ここ、高速! 危ないよ!」
「でもっ」
 切り裂くような風が当たり、顔がひりひりする。いったん落ち着こうと座ると、後ろからキャンキャンと何かが鳴く声がした。
「なっ、なにっ」
「ああ、僕は犬のブリーダーをやっていてね。子犬を乗せてるんだ」
「お、大きい犬は」
「いないよ」
 男性はあたしの頭を優しく撫でた。指に沢山はめてあるアクセサリーがごつごつしていて不快だが、乗せてくれたからにはいい人に違いない。
「後ろにスケッチブックとマジックがあるから、大きく文字を書いたらいい。きっと気づいて停まってくれるよ」
「あっありがとうございます!」
 あたしは助手席から身をねじって後ろ手でスケッチブックとマジックを取り出し、「バス停まれ!」と書いてサンルーフから必死にアピールした。
「おねえさん、かわいいね。どこに住んで……」
 男性がなにやら親しげに話しかけてくるのが気になるけれど、こちらには余裕がないのだ。バスに念力を送っていると、後部席の乗客の動きが慌しくなり、バスは次のSAに入った。
「やった! ありがとうございます!」
「いや、それより君の……」
「もう、入江くんたらまだ寝てるのかしらっ。あの、ありがとうございました!」
 駐車場でお礼を言うと、男性はなにか言いたげにもじもじとしている。
「あの、君は」
「お客さん! バス今度こそ出ますよ!」
「あっ、はい! じゃ、ありがとうございました!」
 男性の奇妙な言動が気にはなったけれど、今を逃しては二度とバスに乗ることが出来ないだろう。あたしはもう一度礼をしてバスに乗り込んだ。
「んもうっ」
隣の入江くんは大あくびをして、眠たそうにあたしを見た。
「寝てたのねっ! あたしがどんだけ……」
「なんだよ」
 言葉をつなげようとしたとき、ショルダーバッグの中からくぐもった音がした。ごそごそとかばんを這い回っている。
「いっ、犬連れてきちゃった!」
「はぁ?」
「バスに乗り遅れて、追っかけてもらった車の中に犬がいたのよぉ! ブ、ブリーダーって言ってたから血統書付だわっ!」
「いいじゃん、もらっとけば」
「だめよっ!」
あたしはバスの一番後ろに行き、後ろを走る件の男性に子犬を見せた。男性は慌てた顔で先ほどあたしの書いたスケッチブックを掲げる。
「運転手さん! 停まって……は……」
 言いかけて、乗客の冷ややかな視線に口をつぐんだ。団体行動に、これ以上迷惑はかけられない。あたしは口だけで「ついてきてください」と男性に伝え、しょぼくれて座席に戻った。
「なにやってんだかしらないけど、俺に迷惑だけはかけんなよ」
 入江くんは乗客以上に冷たい目線であたしと子犬を一瞥すると、また目を閉じた。

 


 


 

 

2011年3月7日up

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