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宝島<4>【R-15】

 宝島温泉旅館は山のふもとにあった。広大な土地には小川が流れ、鳥のさえずりが聞こえる。バスが停まるや否や、あたしは後ろを着いてきた男性の車のもとへと駆け寄った。
「ごっ、ごめんなさい」
「いや、いいんだ。まだ名前も訊いてなかったし」
「は、はぁ……?」
 男性はなにかあるのか、少し頬を紅潮させてあたしの肩を抱いた。急に接近してきた男性に違和感を覚えて身をすり抜けると、旅館の入り口から黄色い声が聞こえて、あたしはその集団の中心にいる人物を凝視した。やはり、入江くんだ。温泉旅館に一人で来たと思われたのか、女性がきゃいきゃいと周りを取り囲んでいる。
「ぎゃっ、逆ナンパ……」
わなわなと震えていると、男性は更に強くあたしの肩を抱いた。
「僕も泊まろうかな、一人旅なんでしょ」
「いや、あの違います」
 今度は押しても引いてもびくりともしない。男性の馴れ馴れしい手つきに手間取っていると、すぐそこで聞き慣れた声が聞こえた。
「おい、琴子」
「いっ、入江くん!」
「友達か何か?」
 入江くんに駆け寄ろうとするも、男性はあたしの肩から手をどけない。
「いや、あのっ、入江くんは、あたしの……」
 そういえばあたしは、あまり入江くんを見ず知らずの誰かに紹介したことがない。唯一、新婚旅行のときに言ったことは、ある。でも実際「旦那さま」だとか、「主人です」だとか、さまざまな言い方があってイマイチ使い分け方が分からないのだ。どう言っていいものかとまどっていると、入江くんは大きくため息をついた。
「あの、入江くんっ、入江くんはあたしの」
「……お前の人を呆れさせる能力だけは認めてやる。今日はそいつと寝れば」
「ちがっ、入江くんってば!」
 入江くんの背中が旅館に消えて、涙でぼやけて見える。
「いっ、入江くん行っちゃった……」
「片思いも辛いね」
 男性がなにやら囁いてきたが、耳に入らない。泣きじゃくっていると男性はあたしの肩を押して旅館のロビーまで連れていってくれた。
「一緒に旅行に来てくれたのに、つれない態度をとるなんてひどい奴だね」
「や、あのっ……違うんです」
 ロビーに女性の集団が騒ぐ声が響く。涙をすすって顔を上げると、やはり入江くんが囲まれていた。あたしの中で何かが切れる音がした。
「入江くんの浮気者おおおお!」
 ダッシュして女性陣を蹴散らし入江くんのシャツをひねり上げると、入江くんは鬱陶しそうにあたしの手を払った。
「そっちが先に浮気したんだろ!」
「いつも寝かしてくれないし!」
「夜が明けても『もっともっと』ってまとわりついてくるお前はなんなんだよ!」
「もう今日はやめてって言ってるのに許してくれないし!」
「気持ちよがってんのはそっちだろ!」
あたしはそこまで言われて息を呑んだ。案の定、ロビーは静まり返っている。いつのまにかあのナンパ男はいない。女性陣は顔を真っ赤にさせてうつむいている。売り言葉に買い言葉、はこの場合適切ではないと、あたしでもわかる。これはいわゆる「犬も食わない」やつ。しかも意図せず生々しさが倍増されてしまったパターンだ。そのうえ、入江くんに誘導されたわけではない。先に「寝かせてくれない」と今までの鬱憤を晴らすがごとく言い放ったのは、確かあたしだ。あたしは羞恥で全身が火照り真っ赤になるのを感じた。
「早く行け」
 きっとゆでだこのように真っ赤なあたしと対照的に、入江くんはまったく普段どおりむすっとしたまま、鍵をあたしに放り投げた。
「ど、どこに」
「部屋だろ。待っててやるから早く着替えとってこい」

 


 


 

 

2011年3月9日up

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