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宝島<5>【R-15】

 女湯を出ると、自販機の横のソファに浴衣姿で少しいらついた入江くんがいた。
「お待たせしました……? 入江くん? 怒って……る?」
 入江くんは席を立ち大きく伸びをすると、少しだけ振り返って意味深に口角を上げて笑った。
「混浴風呂予約しといたから」
「ええええっ」
「飯食べたら行くぞ」
「えええええっ!?」

  ***

混浴とはいえ脱衣所は別。あたしはたたずんでいた。曇りガラスの向こうに人の気配がある。入江くんだ。
「やっぱムリムリムリー!!!!」
 叫んでしゃがみこむと、ざばんと風呂から上がる音がして、タオルを腰にひっかけただけの入江くんが引き戸を開けた。
「うわああああっっっっ」
「まだ脱いでないのかよ。ったく」
入江くんがそのまま戸を閉めようとしたので、あたしは意を決して浴衣に手をかけた。
「今更脱いでも無駄」
「え、なんで」
「もう予約時間終わり。せっかく絶景だったのになぁ」
 入江くんは意地の悪い笑みを残して戸を閉めた。

  ***

入江くんに手を引かれて部屋へ入ると、既に布団が敷かれていた。川のせせらぎが聞こえる。急に心拍数が上がった気がして、あたしは両手で顔を覆った。和室に、部屋に二人きりだと思うと、気恥ずかしさがとまらない。布団の脇で立ちすくんでいると、入江くんはまたため息をついてテレビをつけた。
「なに緊張してるんだよ」
「わわわわっ」
布団に転がる江くんに手を引かれて視界がぐるりと回る。掴まれた手首が熱い。
「きゃぁぁぁっ」
「……お前、痴漢にあったみたいな声出すなよ」
「ご、ごめん」
咳払いをして布団に座りなおすと、入江くんははあぐらをかいてテレビを見つめていた。グルメ番組のようだ。よく見知った店構えが映り、あたしはテレビににじり寄った。
「ここの! ここのドーナツやさん焼き立て出してくれるんだよ! すっごい美味しくてねぇ、変り種のドーナツとか。ふふふ」
 あたしはカバンの中にあるおやつの存在を思い出し、怪訝そうな入江くんに笑いかけた。
「なんだよ。にやけて気味悪いな」
「昨日の日替わりドーナツはきゅうりだったんだぁ。美味しかったよ! おやつに持ってきてあるの」
「いらねぇよ!“ なんできゅうり食べなきゃ……」
 あたしはショルダーバッグの中を探りつつ、顔がにやけるのを止められなかった。入江くんが初めてきゅうりを食べてくれるかもしれないと思うだけでわくわくする心を抑え切れない。
「そんなにきゅうりっぽくなかったよ! あ、あれ……な、ない!」
「はぁ?」
 ショルダーバッグをさかさまにすると、ぽろぽろとドーナツのカケラが零れ落ちてきた。
「わんこに食べられたぁっ!」
「……ばーか」
入江くんはまたあたしの手を引いて、今度はあたしの肩に手を置いた。目の前が暗くなる。ふうと唇に息を吹きかけられて、あたしは目を閉じた。もう数えられないほどしたキスでも、いつでもあたしは胸がどきどきしてしまう。柔らかい入江くんの唇があたしの口を大きく開けさせようとするたびに心臓が破裂しそうになる。侵入してきた舌が口の浅いところであたしをくすぐる。耐えられなくて入江くんにしがみつくと、入江くんの手が肩から腕を撫で、浴衣の合わせ目にもぐりこんだ。
「やっ」
キスが手のひらで撫でたところを追うように下へと降りてくる。ぼうっとした頭で入江くんに翻弄されていると、部屋の明かりが消されて間接照明だけになった。目を開けると入江くんの浴衣は少しだけはだけていて、間接照明の薄暗い灯りが、身体の筋肉に陰影をつけていた。いつもより色っぽいなぁと見つめていると、あたしの浴衣の紐を解きながら入江くんは笑った。
「浴衣の合わせ目、逆」
「えっ、うそっ」
慌てて身を起こそうとすると、入江くんは強い力であたしの腕を頭の上で押さえつけ、紐で手首を縛った。


 

 

2011年3月11日up

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