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マジックショー

 ここ斗南大学病院では、月に一度、入院患者のための季節の催しが開かれる。外部から出演者を呼ぶことはめったになく、裏方とも職員が携わる「手作り」のイベントだ。
 三月は例年マジックショーを開催していた。楽器の演奏や歌などは、単純に言えば、ただ練習をすればいいのだ。だがこのマジックショーは違った。毎年アクロバティックな動きを取り入れて病院外からも評判を集めているところで、昨年などは看護師長の細井の屋上からのバンジージャンプで幕を開けた。誰もがやりすぎだと思ったが、これを見ていた入院中の末期がんの患者の病状が寛解した。がん細胞が消えたのだ。今年はアメリカからの視察もあるという。そうとなっては最早やめる理由などない。
 今回は「とことんマジックショー三昧」と銘打ち、開催は朝からショーが行われる夕方までという異例のものになった。日中、急ぎではない医師は移動の際側転で廊下を歩き、看護師は細井扮するナイチンゲールから逃亡しながら仕事するというハードなものだ。最後には、足に錘をつけて病院前の池に沈んだ細井が手術室から現れるという大掛かりなマジックが披露される。
 NHKの朝の情報番組でこの情報が流れてしまったために、全国各地から斗南病院への入院、また転院希望が相次いだ。その騒ぎを沈下させるべくもう一度テレビ番組で特集してもらったのだが、見栄えのする関係者がテレビに出たほうがいいだろうということで白羽の矢が立ったのは、やはり、病院一のイケメンである入江直樹である。
 火に油をそそぐというのはまさにこのことを言うのだろう。マジックも見たいがイケメンも見たい。今会えるイケメンに会いたいと転入院希望の列は後を絶たず、健康な一般客の徹夜組まで出た。

***
「というわけで、出勤時に、思う存分いちゃいちゃしてほしい」
 院長はそういうと、咳払いをして直樹と琴子の手を取った。
「どういうことでしょう」
 はしゃぐ琴子を制止して、直樹はコーヒーをすする。こめかみを押さえて院長の言葉を待った。
「マジックショーを中止にするわけにはいかない。だがこれ以上注目を集めるわけにもいかないのだよ」
「……徹夜組相手に敷地内に屋台も出ちゃってますもんね。それと俺とは何も……」
「いや、客の半分は君目当てだ」
 院長は、メガネを人差し指で押し上げて角砂糖をかじった。
「はぁ」
「罪作りめ」

 何年か前の直樹であれば「こいつらおかしいだろ!」と絶句するところであるが、反抗したところで得をするわけではない。また、妻帯者である彼は、まだ開業資金も貯まっていない今、食い扶持をなくすわけにはいかないのだ。彼は丸くなってしまった。
 また琴子と結婚してからはしょっちゅうこのような不思議なことに巻き込まれるが、彼は周りのユニークな人々を嫌っているわけではないのだ。むしろ元々面倒くさいと思っていた人付き合いが、琴子を挟むことでマイルドになったぶん余裕が出てきただけの話だ。その感情は端的に言えば「どうでもいい」に属するところであるが。

「わかりました! あたしたち、がんばっていちゃいちゃしますね!」
 琴子は直樹の代わりに院長と固く握手を交わした。

***
 彼らは翌日、朝からしっかりと腕を組み、寄り添って出勤した。やはり照れて固まっていたのは当初ノリノリであった琴子の方で、直樹はいつもとかわらぬ涼しい顔であった。
「昨日は……いや今朝か。久しぶりに朝まで盛り上がったな」
「そんなこと、大きな声で言ったら恥ずかしいよ」
「お前初めてとか言ってたけど、高校のときにもうやってたんじゃねぇの?」
「そっ、そんなことないもん」
「もうやめてやめてってしがみついて」
「言わないでったら!」
 バカップルの度を過ぎたいちゃつきに、徹夜で列をなす客たちは落胆しすごすごと去っていく。直樹はそれを横目で見ながら、職員玄関へと琴子の背を押した。
「もう絶対、徹夜でバイオハザードなんかやらないんだから!」
琴子はむくれて直樹を見た。

***
 マジックショーはその二日後、滞りなく開催された。手術室に現れた細井が口から池の鯉を出したときは、杖をつかねば歩けなかったお年寄りがスタスタと歩くなど、またもおおいに盛り上がりをみせた。
「すごいよね」
 琴子は直樹に微笑みかけた。
「ああ」
「天才の入江くんなら、もっと効率よくマジックができて、いろんな人をぱぱぱって治せちゃうのかもね」
 直樹は目を丸くして琴子を見た。



 これが、のちに「マジックでがん細胞を消す」ことに成功したとしてノーベル平和賞をとる「入江直樹・琴子・細井小百合」の斗南大学病院でのエピソードのひとつであるとは、この当時は誰一人知るよしもない。
 


 

 

2013年3月13日up

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