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道化師の独人言


朝は宿泊客の朝食の配膳・接客をしたあと、後片付けと皿洗い、客が出かけたら部屋の掃除とベッドメイキングをし、こまごまとした雑用をこなしまた夕食の配膳にとりかかる。

ペンションでのバイトは、複数のことを一人でこなさなければならない。

効率のいい方法を探りながら、あっという間に一日が終わる。

避暑地という所は美しいながらも景色が単調で、すぐに飽きてしまうと思っていたが、特に琴子が来てからの日々は、毎日世話のかけられっぱなしで、退屈する暇がなかった。

近隣のコンビニまで歩きで30分。

荷物を担ぎ林を急ぐと、樹木の間に琴子の顔が見えた。

木陰でくうくうと、風に吹かれて気持ち良さそうに寝ている。

もたれた幹から頭がずれてしまいそうだ。

さもすれば、目を覚ましてしまう。

俺は一人、胸で言い訳をして、荷物を置き、琴子の元へ向かった。

しゃがんで琴子の顔を見つめる。

長いまつげと小振りな鼻、ふっくりとした唇。風にさらさらとそよぐ髪の毛。

うんざりするほど見慣れていたのに、今はやはり心ごと引き付けられてしまう。

曖昧にだが、込み上げてくるこの感情はなんなのだろう。

それが愛しさからだとしたら、全て合点がいく。

うんざりするほど付き纏われていて、ほとほと呆れていたのも琴子に対してなのに、やはり今髪を撫で、この曖昧な愛しい気持ちを少しでも移したいと思うのは、どうしてか…やはり琴子らしい。

琴子に顔を近づけると、甘い香りが鼻をくすぐった。

そのまま唇で琴子に触れる。

付き纏われ迷惑をかけられ、面倒に巻き込まれて嫌な思いをずっとしてきた。

だが、いつか告げた「嫌いではない」という言葉は、今の自分の心理には不的確なのは明白。

触れ合った唇から移される俺の思いは、この眠り姫には届かない。

心臓がどくりどくりと耳元で鳴る。

少しでも伝えたくて、でもまだ伝えたくなくて、心の中を全速力で行ったりきたりしているうち、それが心地よさに打ち勝ったようだ。

いつの間にか唇の感触にうっとりとし、我をも忘れてのめり込んでいたらしい。近くでガサリと草木の鳴る音がした。

後ろを振り向くと、真っ赤な顔をした裕樹が口をぱくぱくさせて固まっている。

琴子に対して、今の俺がどんな思いであったとしても、はからずとも目に見える形で第三者に知られてしまった。言い訳の出来ない形で。

今の俺には、琴子しか見えていなかったのだ。

それほど、俺には余裕がなかったのだろう。

熱に浮かされた自分を省み「内緒だぞ」と口に人差し指をたてると、裕樹は勢い良く首を振った。

いっそ、琴子が目を開けてくれたらよかったのにとも思う。

裕樹と二人でからかい、突き放し、いつものように逆上した琴子を笑い飛ばせたのに。

いや、いくら体裁を繕っても、自分の心は繕えないのだ。

どうしても、心の流れに逆らいたい自分がいる。嘲笑うと、俺は荷物を担いで再び森を歩き出した。

2008年12月6日

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