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無重力の幸せ

 暗闇の中、テレビから漏れる光が不快で目を開けた。少し眠っていたようだ。
 久しぶりに友人と飲み明かすのは楽しかったけれど、仕事の話や恋愛の類の話を振られるとはぐらかすのに精一杯で、余計に酒をあおってしまった。
 テレビの光が時計を照らす。うたた寝の間に、「明日」が「今日」になったようだ。あたしはまた目を閉じた。
 僚はまだ帰ってきていないんだろう。たまにはあたしだってだらけたい日もあると半ば開き直って、このソファで寝ることにした。酔いに任せるのも悪くはない。何度か夢と現実を行き戻ったころ、階下から物音がした。足音が近づく。
「……酔っ払い女」
「なによお、そっちこそお早いおかえりで」
「なに怒ってんだよ」
「怒ってない」
「ほれ、ここ」
 眉間を指でなぞられる。異物が触れられた不快感に顔をそむけると、僚はため息をついた。
「ゴルゴかよ」
「……ばか」
「ほれ」
 肩を抱かれ引き寄せられる。そのまま心地のいい浮遊感に浸っていると、ソファーのきしむ音がした。頭の感触がさっきと違う。
「んー、膝枕?」
「何杯飲んだんだ?」
「……覚えてないけど、三軒、はしご……」
「飲み過ぎだ、バカ」
「……お姫様だっこ」
「……はあ? まだ酔ってんのか?」
「おひめさまぁ」
「ああ、うるせぇな。これだから酔っ払いは……」
 恋人がいるかという問いには、そんな人はいないと即座に否定した。ついうっかり、「好きな人はいる」と、一緒に仕事をしているし今が幸せだと口を滑らせてしまったばかりに、得体の知れない「あたしの相手像」への関心を煽ってしまったのだ。最初ははぐらかせていたはずだ。そのうち、わけがわらなくなってしまった。確か、兄貴が死んだ後に現れた王子様だとかはやし立てられた気がする。僚が王子様だなんて間逆だと吹き出した覚えがある。
「でもあたしをお姫様だっこする僚はぁ、王子様でしょお?」
 頭の下の僚の膝が不自然に跳ねた。
「なんだよこの酔っ払い姫は……。ああ、そうだな、香はお姫様だもんなあ」
「うふふふん」
「……きもちわりぃなぁ」
 頭をずらされて、急に身体がゆらゆらと揺れる。
「……手のかかるお姫様だな」
「でも好きでしょお?」
 急に心地よかった揺れが収まり、僚が「あー」だの、「うー」だのごにょごにょと口の中でもごもご言っている。薄目を開けるとちょうどリビングを出たところで、僚はなぜか歩みを止めたようだ。
「なんでぇ? お部屋までつれてってくれるんでしょお?」
僚はあたしを抱きなおすと、黙ったまま部屋へと歩き出した。
「王子様だもんね?」
「王子様はぁ、お姫様と結ばれるもんね?」
  僚は一言も発しないけれど、あたしはひどく気分がよくて、ことのほか幸せだった。

2011年6月7日up

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