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溶け合う過去、繋がる明日

 久しぶりに依頼があったおかげで懐はあたたかいけれど、浮かれてデパ地下で散財するなんてもっての他。だから今日もおかずの量に変化はない。安い、簡単、美味しいとくればカレーライスと相場は決まっている。
 それでも、労りの気持ちを込めて、いつもより手間をかけた。いつもは隠し味にしょうゆと牛乳をほんの少し。でも今日はテレビで見た「簡単ひと手間クッキング」を実践してみた。火加減をみながら貰い物の濃厚なトマトジュースを入れ、さらには撩の部屋から日本酒を拝借してみたのだ。
 そしていつものしょうゆと牛乳を少量。
 まろやかで口当たりがいい、美味しいカレーライスができたと思うんだけど。
「今日はね、なんと! 日本酒が入ってます!」
 いつもの光景。飢えた動物のように、撩は目の前の食事をただひたすらに食い尽くす。あたしの声なんて勿論聞こえてやしない。でも返事がないのを気にしたら負けだ。もう慣れたし今更怒りも沸かない。
「んー」
「あ、そうだ。ゆかちゃんにね、彼ができてたんだって。付き合ってもう半年らしいわよ」
「おかわり」
「……でね、相手はルポライターだそうなの! なんかお似合いよね、好奇心の固まりの二人ってかんじで」
「おかわり」
「……あ、そうそう、キャッツで聞いたんだけどかすみちゃんができちゃった結婚? いまどきよねぇ……。で、もう一緒に住んでるんだって。幸せになるといいわよね、うん、きっとなるわ」
「ん」
 目の前に皿を突き出された。まだ食べてくれるのね嬉しいわ、いやでも、ちょっとは人の話を……。あたしは半笑いのような妙な顔をしていたと思う。食べっぷりがいいのは撩のいつものことで、そこも悔しいけど魅力的だと思っている。けれど、今日は報告がたくさんあるのだ。おいしいカレーの作り方に、ゆかちゃんとかすみちゃんのロマンス。主に井戸端会議で得た情報ではあるけれど、結構面白いニュースばかりを提供しているつもり。だから、弾にでいい、少しくらい話を聞いてくれてもいいと思うんだけど。
 あたしはため息をついて、わずかに釜に残っているご飯粒をへらで寄せ集め、鍋にわずかに残る、こびりついたルーもお玉とヘラでかき集めた。
「……お米もルーも、もうないみたい。だから、これで勘弁してね。四合炊いたのになぁ」
「コーヒーな」
 撩はおそなえのようにちんまりと皿に乗るカレーライスを一口で平らげると、福神漬けをすばやく口に放り込んでリビングに消えた。食欲が満たされたらあっという間にいなくなるのも、いつものこと。
 いつもの日常なのに、あたしはひどく気が立っていた。
 あたしは冷蔵庫から牛乳をとりだし、グラスを持ってリビングへと向かった。踏みしめた廊下がへこんで、なにやらバリバリと割れるような音が聞こえたけれど、今は構う暇はない。
あたし、今ならジャイアンの気持ちが分かるわ。そうよ、ジャイアンは母ちゃんの奴隷じゃないしあたしは撩専属のコーヒーマシンでもないのよ。
 兄貴が作るカレーはとても美味しくて、全部平らげて見上げると、いつも兄貴はくしゃくしゃに笑って、なみなみと注がれた牛乳を差し出してくれた。兄貴の仕事が夜遅くまでかかるときは、あたしは知り合いの家に御呼ばれすることも多かった。けれど、そこで食べるカレーは、同じく美味しいというのに何かが足りなかった気がするのだ。多分兄貴の優しい笑顔と牛乳がなかったからだろうと思う。あたしはこれ以上背を伸ばしたくなかったから飲むのに躊躇した時期もあったけれど、兄貴の笑顔を壊したくなかった。兄貴は力説していた。カレーには、牛乳が合うと。
 カレーには家庭の味が出るというけれど、あたしにとってはカレーと牛乳はセット。どちらかが欠けてもだめなものだと思っている。撩と過ごす何年かの中で、あたしは大切なことを忘れていた。いやこれはそれほど大切なことなんだろうかということも分からないけれど、今のあたしはジャイアンだから致し方ない。
「お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの……」
 つぶやきながらリビングへ向かう。気が立っているせいか、ドアは派手な音を立てた。タバコを吸う撩の肩がびくりと跳ねるのが見える。
「……前々から言おうと思ってたんだけど」
「ハイ! ごめんなさいカオリサマ!」
「まだ何も言ってない! 人の話を聞きなさい!」
「ハイ! ごめんなさい!  聞いてた聞いてた!  
ゆかがなんだっけ、えっと、ほら……あれ? かすみちゃんが……」
「……カレーライスにはね」
「ハイ! カレーライスですね! とおっても、とおっても美味しかったです! さすが香!」
「そんなことどうでもいいのよ!」
「……へっ?」
「コーヒーより牛乳が合うってのが世界の常識なのよ!」
 力任せに牛乳パックとグラスを置くと、撩の血の気がひくのがわかった。
「わたしのものはわたしのもの! あんたはあたしのものなんだから! 兄貴の言うとおりにしなさいよね!」
「へ? なんで? 槇村?」
「あたしもなんだかよくわかんないんだけど、とにかくあたしは今、ジャイアンなの!」
「……いや、香ちゃんだろうよ」
 撩は口をぽかんと開けたまま。咥えたままのタバコの灰はいまにも落ちそう。あたしはようやく血圧が下がってきたようで、撩と顔を見合わせてしまった。いくらなんでも、これでは説明不足だ。聞いていないフリをしてしっかりと聞いていてくれていることも、あたしの作る食事を美味しいと思っていてくれることも充分分かっている。なんとなく兄貴のことを思い出してしまったのは、かすみちゃんの話を聞いたからなのかもしれない。かすみちゃんが築き上げるであろう幸せな家族を想像して、兄貴から受け継いだ家庭の味を、撩にも味あわせたかったのかもしれない。
「あたしは、ジャイアン……」
「ジャイアン?」
「……じゃあなくてっ」
「そりゃそうだ」
「……なんか、疲れちゃった」
「なんだそりゃ」
 あたしはいよいよ馬鹿馬鹿しくなって、ハテナマークでいっぱいの撩の横に座った。
「兄貴がね、カレーを作ってくれるときはいつも牛乳を注いでくれてたの」
「ふぅん」
 撩はあたしの髪をくるくると指先でもてあそんだ後、くしゃくしゃにかき回して煙草に火をつけた。
「牛乳、美味しかったんだけど……、時々嫌だったの。ほら、カルシウムを取ると背が伸びるって言うじゃない? あたしは、背が高いのがコンプレックスだったから、これ以上伸びたら困るなって」
「意外と乙女だったのね、カオリチャン」
 撩は牛乳パックを手に取り立ち上がると、腰に手をやり一気に飲み干した。気味よく喉が鳴り、喉仏が上下する。女の自分にはない、出っ張って主張しているものがゆっくりと上下するさまはなまめかしくて、つい注視してしまった。
「美味いな、確かに」
「……えっ、ああ、そうだね。そうなのよ」
「物欲しそうな顔しちゃってまあカオリチャンったら。まだあるんだろ? 口移しで飲ませてあげてもよくってよ」
 撩は口の端からこぼれた白い液体を手の甲でぬぐってシナを作った。
「結構よ」
 あたしは撩から視線をそらした。
「カルシウムなんて意識して取らなくても、勝手に身体は成長していくもんだ。だろ?」
 ジャングルに放り出されたときから、生きていくためにはどんなものでも口にしたであろうことは容易に想像がつく。撩が栄養価に気を遣わないでここまで背が伸びたのは、元々そうなるように身体に刻み付けられていたのだろう。撩はふいにあたしの手を引き立ち上がらせると、肩に手を置いてあたしを見下ろした。照明の影になって、撩の表情が良く分からない。
「撩、身長あるよね。本当にニホンジン?」
「さぁな。ニホンジンにしちゃ、伸びすぎだよなぁ」
 撩は肩に置いた手をあたしの背中に回して、ふんわりと胸におさめた。顔をうずめると、ほんのりと牛乳の甘い匂いがした。
「槇村なぁ、あいつ、意外に器用だったよな」
「家事でも何でも、あたしよりずっと上手で、ね」
「親父は……」
 撩はあたしの背中を撫でながら、どこか遠くを見ているような口調でぽつりと呟いた。
「槇ちゃんのカレーは、お前にとっての”おふくろの味“だったんだろうな」
「そうかも」
「親父が、一度だけ食わせてくれたものが旨くてなぁ。とうとうそれきり食えなかったけど、俺にとっちゃそりゃもう忘れられない味だったな」
「オヤジの味?」
「旨かったことだけは覚えちゃいるが、それがなんだったのか思いだせんのだわ」
「何の料理だったのかな。作ってあげられたらいいのに」
 撩はふっと笑うとあたしの首元に顔をうずめた。
「カレーに牛乳でいいんじゃねぇの?」
 撩の吐息がくすぐったくて胸を押そうとすると、強い力で引き戻された。かさついた撩の唇が頬を掠めてあたしの唇を優しく撫でる。促され少し口を開けると、牛乳の味のする撩の舌がねじ込むように入り込んできた。あたしの舌を絡めとり、上あごを丹念になぞっていく。膝の力が抜けて撩の服をようやく掴んだのを見計らってか、服の隙間から無骨な手が入り込んできた。
「カレー味。タンカ切ったわりに、お前牛乳飲まなかっただろう」
 柔らかなふくらみが、撩によって形を変えられていく。いつの間にかブラジャーも外されていて、サマーセーターがちくちくとあたしを刺激する。思わず声が漏れる。
「槇村兄妹のおふくろの味、これからも頼むわ」
 セーターの上から突起したものを口に含まれる。服を介した緩慢な舌と唇の刺激にため息が漏れ、疼きを押さえられない。その筋肉ではりつめた太い太ももにに自身の太ももをこすりつけると、撩はあたしをソファに押し沈めた。
 


 

2011年6月18日up

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