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ホールド・アップ!

「なあ」

 直樹は体育館の裏で、壁を背に座っていた。額に汗しながら、四人の筋骨隆々の男達が仁王立ちで直樹を囲み、ちょうど直樹の座るところに大きな影を作る。バットを手にした一人が、拳で壁を叩いた。

「いてっ」
「……お前大丈夫か」
「っつー……入江」

 大げさに手を振り、痺れを緩和させながら男が続ける。直樹はペットボトルを飲み終えると四人を睨んだ。

「……ペプシしそ、まあまあだな」
「無視すんなよ入江」
「頼むよ、な、ちょっとだけでいいからさ」

 もう一人が、その脇に抱えたサッカーボールを直樹の目の前に差し出した。

「嫌だよ、めんどくせー」
「同じゼミのよしみでさ、なっなっ」
「嫌だ」

 バスケットボールとバレーボールを持つ二人は人差し指を立て、ボールをその上でくるくると回し、もう片方の手で直樹を拝んでいる。

「ぜひバスケに!」
「いや、体育祭、野球に出てくれ!頼む!」
「いやいや、サッカーだろ!俊足を活かして頼むよ、入江!」
「入江はバレーだよ、な、入江」
「……しつこいぞお前ら」

 直樹は彼らの嘆願をひとしきり聞くと、頭を振ってズボンを払い立ち上がった。

「なんで休校の日にわざわざ汗かきに来なきゃなんねーんだよ、俺はどの競技にも出ないし興味ない」
「い、入江」
「ちょ、ちょっとだけ、前半だけでいいからさ」

 サッカーボールを腿の上で跳ねさせながら、短パンの男が直樹の行く手を阻む。

「……お前リフティングうめーじゃん、俺の出る幕ないな」
「い、いや!リフティングは試合ではあんまり必要ないから!」
「そうだよお前、サッカーは人数足りてるんだろ?その点バスケはちょうど後一人足りなくてさ、な、入江頼む!」
「ふざけんなバスケ野郎!安西先生のいうことだけ聞いてろ!」
「なんだとてめー、バスケ馬鹿にしてんのか」
「……入江、野球に出てくれるならDHでいい!スカっとホームラン打ってくれ」
「テニスの俊敏性はバレーでこそ発揮できると思うよ、入江」
「ソーレ!ってか?」
「うるせー野球馬鹿!お前ホームラン級の馬鹿だな」
「なんだとチャチャチャ野郎!」


「うるさーーい!!」

 体育館裏に声がこだまする。四人と直樹が声のする方を向くと、栗色の髪をなびかせて一人の女が般若のような顔付きで立っていた。

「入江くんが困ってるでしょお!!」

 一段と声を張り上げ女が続ける。奇妙な風音のように語尾が響いた。

「お前が一番うるさい、琴子」
「なによー!助けにきてあげたのにっ」
「別に頼んでない」
「まっ」

 琴子は顔を真っ赤にしてじだんだを踏んだ。

「もう!入江くんなんか全競技出ちゃえばいいのよっ」
「あ、それいただき、どうせ競技の時間はかぶってねーし、全競技勝てばゼミ費も稼げるし」

 予告ホームランのようにバッドで琴子を指して、男がにやりと笑った。

「入江、掛け持ちしてくれたら相原とデートってどうだ?」
「きゃっ」
「……俺に利点がまるでないが」
「まっ」
「じゃあ松本とデートはどうだ」
「もっとめんどくさい」
「うーん」


「お兄ちゃん!!」

 草むらがごそごそとうごき、全身を緑で固めた紀子がサングラスを光らせて直樹の前に立ち塞がった。蛍光の緑のライダースジャケットに、同じ色の皮パンツ、黒く光る靴、目には黒いサングラスをかけているその様はさながら……。

「カ、カマキリ……」

 サッカーの男がよろめき尻餅をついた。

「おい、大丈夫か」
「……ああ、今カマキリのおばけを見た気がして……」
「……ああ、俺もだ。そしてそれは気のせいじゃない」

 バスケの男が顔を覗き込み頷くと、サッカーボールを枕にした男は、何やらもごもごとうわ言を発し気を失った。

「おばさま!」
「おばさま?」
「……おふくろ、暑くねぇの」
「おふくろ?」
「全競技出て差し上げなさいお兄ちゃん!」
「はぁ?」
「ですよね、おばさま!……というかいつからそこに」
「困っている皆さんを見捨てるような男に育てた覚えはなくってよ!全競技出ないなら琴子ちゃんときちんと身を固めなさい!」
「お、おばさま、話が飛躍して……あたしは嬉しいけど」
「なに言ってんだ、なんで俺と琴子が……」
「入江のおばさんいいこというなあ」
「はあ?」

 バレーの男が紀子と直樹の顔を交互に見つめ、顎に手を当ててほくそえんだ。

「俺、新聞部でもあるんだよな、ま、どっちに転んでも次号の新聞の売上は上がるだろうし、この際俺はどっちでも構わない。どうする、入江」
「俺はどっちも嫌だっつってんだろ!」
「おい入江、男なら潔く決断しろよ」
「そうだぞ入江」

 いつの間にか六人と対峙している恰好になった直樹は、大きな溜息を零した。察した琴子が紀子と手を握り合い固唾を呑む。

「……全競技出てやる」
「よっしゃ!」
「きゃっ」
「デートはしない」
「むっ」
「やったー!勝てる!」
「じゃ、詳しいことはあとで、サンキュー入江、入江のおばさんに相原!」

 失神したサッカーの男を担ぎ、狂喜の声をあげながら四人はグラウンドへ向かった。体育館裏にいつもの静寂が戻る。吹き抜ける風で乱れた髪をかきあげると、直樹が強い目付きで紀子を見た。

「……おふくろ」
「よかったわね、琴子ちゃん!」
「はい!入江くんの活躍する姿が沢山見られるなんて本当に嬉しくて……結婚のほうがよかったけど」
「体育祭のあと、打ち上げでいい雰囲気に持っていくのよっ」
「なるほど」
「お兄ちゃんには内緒よ、お兄ちゃんね、かわいい系の子がちょっと露出のある恰好をするのに弱いのよ、うふふ」
「お、おばさまそれはどこから……」
「うふふ、昨日お兄ちゃんのベッドの」
「うるせーぞおふくろ!全部丸聞こえなんだよ!」

 直樹は二人を一喝すると、図らずも連休がつぶれた事への憤りをペットボトルへぶつけ、キャンパス内の人込みに紛れ去った。琴子の手の中には直樹が捻じ曲げたペットボトルが無残な姿で残され、ほんのり香るしその風味が鼻をくすぐった。

 

つづく?

2009年7月26日

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