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もっと

 

 トントンと不規則的なリズムが台所に響く。ガスコンロには茹だったうどんがおどっていて、隣に置かれた鍋ではだし汁がグツグツと音を立てて煮詰まっていた。

「……ふぅ、ネギってみじん切りにするの結構手間よねぇ」

 琴子が手に包丁を持ったまま、テーブルの前で新聞を広げる直樹に話しかけた。

「どうでもいいけど食えるもん作ってくれよ」
「失礼ねっ!大丈夫よ、……インスタントだもん」

 琴子は右手に包丁を持ったまま、左手で二つのガスを止めると、片手で麺が入っているほうの鍋を握った。

「よっ、重た……」
「横着すんなよ」
「はぁい……」

 琴子は包丁をシンクに置き、両手で鍋をしっかりと掴み今度こそシンクのざるめがけて鍋を傾けた。琴子の頬は暑さで火照っている。手で額をぬぐうと、琴子はざるを持ち上げて麺を器に入れた。だし汁を注ぎ込みネギを散らすと、直樹は新聞を傍らに置いた。琴子がすり足でテーブルに近づく。

「……だし汁並々と入れてんじゃねぇよ」
「だってぇ、二人分ってあんまり作らないじゃない?沢山作っちゃってもったいなかったから」
「よりにもよってお袋まで出払ってるなんて」
「いいじゃない?たまにはパーっと遊んできてもらうのもいいわよぉ」

 琴子はロボットのような不自然な動きでうつわをテーブルに置いた。加湿器のようにもうもうとゆげが立ち上るうどんを前に、直樹はためいきをついた。

「これ……沸騰寸前なんじゃないのか」
「そ、そうかな」

 琴子は自分のうつわを今度はゆっくりながらも滑らかな動きでテーブルに置き、椅子に座った。

「じゃ、いただきまぁす」
「いただきます……お前、やけどする」

 琴子は勢いよくうどんをすすり、悲鳴を上げた。直樹は琴子をじっと見つめ、そしてあきれたように続けた。

「やけどするなよ、って言い終わらないうちにやけどしてんじゃねぇよ」
「あっついよぉ、ひりひり、ひりひり、舌がぁ!」
「そりゃ熱いだろう」

 直樹は立ち上がり、犬のように舌を出して熱がる琴子の顔を両手で掴んだ。

「ちょっと見せてみろ」
「ふぁい」

 琴子は顔を掴まれたまま、目をぎゅっとつぶって舌の疼きに耐えている。直樹は真っ赤に腫れた琴子の舌を見つめて、琴子から手を離した。

「ど、どう?」
「真っ赤」

 直樹はコップに水を汲み、琴子に近づいた。

「舌引っ込めて」
「ふぁい……んっ」

 直樹は口に水を含み、琴子に口づけた。琴子の喉がごくんと鳴る。直樹の舌は琴子の口の中を点検するような動きをした。その度に琴子の肩が上がる。

「んっ……」
「舌だけだな」

 直樹が唇を離すと、琴子は直樹の首に手を回して抱きついた。

「……しゅき……だいしゅき……」
「わかってるから、とりあえず水飲め」
「もういっかい」
「なんなんだよお前は……」

 直樹はもう一度水を口に含み、そっと琴子に口づけた。琴子はなおいっそう直樹に回す手に力を込めてそれに応える。

「……うどん、のびきったな」

 まだ直樹にしがみつく琴子の背中を抱いて、直樹はためいきをこぼした。

 

2010/3/9up

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