dependence. > text > Sより5の御題 >1.sensitive(繊細な)
だんだんと強くなってくるじんじんとした震えにも似た感覚に、直樹はうっすらと目を開けた。
直樹の右には大きな窓があり、窓を開けてもいないのにカーテンがゆらめいているようにも見える。
まだカーテンの隙間から見える空はまだ薄い藍をまとっており、夜明けはまだ遠いことが窺える。
朝までやりすごそうと再び目を閉じるがやはり生理現象に勝てるものではなく、直樹は意を決してナースコールを押した。
『はい、入江くんどうしたの?寝れないの?』
「琴子、トイレ行きたいんだけど」
『えっ!?わかった、すぐ行くから!我慢できる!?』
「少しなら」
『大至急行くから!!』
大変大変、遠くで叫ぶ声が聞こえ、やがて切れた。
「入江くんっ」
はあはあと息を切らして琴子がドアを勢いよくあけ、後ろ手でバタンと閉める。残響が深夜の静けさに大きく聞こえた。
「おまえっ、いま夜中だぞ。うるせーんだよいちいち」
「おし・・・おしっこ!?大きいほう!?」
「だから声でけーんだって」
ドアの前で仁王立ちになっていた琴子が、そう長くはないベッドまでの距離を猛ダッシュしてくる。ダイブせんばかりの勢いだ。
「おまえっ、振動与えんなっ」
「あ、ごめんっ」
「つ…だから勢いよくなんでもするなって!」
琴子の髪の毛は低い位置で二つに分けて縛られている。ぴょこぴょことゆれる二つの房が直樹の意識を一時尿意から飛ばした。
直樹は琴子の髪の毛に触れたくて、そっと手を差し出す。
それに呼応するかのように琴子がベッドの前にひざまずいた。
「おしっこかなーと思って…もってきたよ。尿瓶」
おずおずと尿瓶を差し出し、琴子ははにかんだ笑顔を見せる。
「悪いけど…俺もうトイレ行ってるんだよ、昨日から」
「えっ!?なんで!?」
「なんで、でもねーよ。もうカテーテル外れたし今日の昼間からは車椅子借りて行ってるんだよ」
「し…知らなかったー!申し送りでは言ってなかったよっ」
「聞いてなかっただけだろ」
「むっ…」
「ということで、連れてってくれ」
「ちぇっ…せっかく、一番大きい尿瓶持ってきたのに…」
「なんで」
「今日一緒に夜勤してる先輩がね、"入江先生って大きいのかな〜"とか根掘り葉掘り聞いてきて…。なんか悔しいじゃない?だから、入江くんの尊厳を守るために大きいサイズの」
「バカか!?」
「ひゃ…入江くん、声が大きいってばっ」
直樹は長いため息を一つつくと病室の隅、折りたたまれている車椅子を指差した。
「…あそこにあるから」
「…はーい」
琴子は尿瓶と車椅子を交互に見つめ大きくためいきを一つつくと車椅子を広げ始めた。
「なぁ」
「なに?」
「そんなに見たかった?」
「なっ!!!」
「家帰ればいくらでも…」
「うわーっ、うわーっ、じゃ入江センセ、乗って下さいっ」
都合の悪い時だけ出る「先生」の敬称に苦笑しつつ、直樹はゆっくりと車椅子に乗った。
了
2008年8月15日
拍手のお礼としてあげていたものを9/30付けでおろしました。
とても笑っていただけたようで、嬉しかったです♪
どうもありがとうございました!