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002: どこにいく?

「でね、……って聞いてる? 入江くん」
 ホットケーキを頬ばりながら琴子はむくれて俺を見た。
「今日の予定だろ」
 テレビから目を離して、バツゲームのように熱いホットケーキをコーヒーで飲み込んで琴子を見ると、頬を膨らませてむくれた顔が、花が咲いたかのような笑顔になった。本当に表情がくるくると変わる。こんなしおれて水分の抜けたホットケーキでさえ美味しいと感じてしまうのは惚れた弱みだろうか。
 ブレーカーを上げて、もうもうと白い煙を吐いていた電子レンジを開けてみれば、「中まで火が通らなかったから」という琴子の言い訳つきの黒く焦げたそれがあった。焦がすくらい焼けば火は通るだろうと思うが、そこはいつまで経っても「琴子だから」で済まされてしまうのだろう。琴子は周りからも、俺からも甘やかされているが、それは多分本人の欲のないひたむきさからくるもので、つまるところ人徳なのだろう。甘やかされているようで、俺たちはむしろ進んでこいつを、好きで甘やかしている。
テレビでは最新の春ファッション特集とやらが賑々しく特集されている。今年はなるほど短い丈のスカートが流行るようだ。
「で、どこに行くんだ」
「うーん、土曜日だし、混むと思うんだけど、展望だ……」
「寒いから嫌だ」
「そう言うと思って! あたしはちゃんと準備してきたのでしたぁ」
 琴子はにんまりと笑うとカバンの中からラクダ色の肌気のようなものを取り出した。
「……悪い予感がする」
「そう? ただのモモヒキだけど。今流行ってるんだよ」
「知らねぇよ! そんな爺くさいもの誰が履くかよ! せめて色考えろよ!」
「あー、そうだねぇ」
 琴子は俺の抗議をあっさりと片付けると、俺にその「ラクダ色のモモヒキ」を押し付けて食器を片付け始めた。ふんふんと機嫌よく鼻歌を歌っている。
「展望台は夜に行くとして、昼間はどこに行こうかなぁ」
 ファッション特集が終わり、画面は天気予報に切り替わった。この時期とは思えないような気温が表示されている。
「お前、そのモモヒキ何枚持ってきた」
「うーんと、四枚パックだったからそのまま持ってきたけど」
「じゃ、今日はお前もそれ履いてけ」
「やだよ! モモヒキなんて、おじいちゃんじゃあるまいしっ」
「じゃあなんで俺に買ってきたんだよ! 俺もじじいじゃねぇよ!」
「時代が時代ならじじいよっ」
「……不毛だ」
 俺は妙に肌触りのいいそれを広げてため息をついた。
「え? なんて?」
「とにかく、これを履かないなら今日は一日部屋から出ない」
「ええぇ」
 いつの間にか食器を洗い終えた琴子が不満げな顔をして俺の前に座った。
「ペアルックだしいいんじゃねぇの」
 もっと怒った顔が見たくてからかうように笑うと、琴子は更に眉を寄せ、長い髪を振り乱して横を向いた。
「こんなペアルック嫌!」
「ああ、結婚って素晴らしいなぁ」
 俺は笑いをかみ殺してクローゼットの戸を開けた。

続く…かも

2011年3月24日

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