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心の鐘

 私はパンツを買ったことがない。
 正確に言うと、女の子の水着や下着の写真がいっぱい載ってる雑誌の、
その女の子達の履いているパンツを買ったことがないのだ。
 
 一昔前ならば、パンティと呼ばれていたであろう物。
腰にかかる部分が細く、おへその隠れない小さなかわいらしいパンツ。
制服の裾から見えようが、私は綿100%の、お尻をすっぽりと包むパンツを好んで履いていた。
 今日のこのパンツは……私が中学に入ったときに買ったパンツだから、4年は履いている。
あたたかくてとても気に入っているのもののうちの一つだ。

 無地・もしくはワンプリントのもの。
腰を保護するためだけのものに、なぜもこうワーキャーと騒ぐのか、私には分からない。

 今私は、パンツが無造作に放り込まれた「Mサイズ」のワゴンの前で立ち尽くしている。

「ねぇ、かよちゃん、いいの見つかった?」
「……いいの、っていっても……熱気がすごくて」
「そうよ!戦争なんだから!!かよちゃんもたまにはかわいいの履きなさい!」

 なみちゃんは幼馴染だから、私が綿のパンツを好んで履いていることも知っている。
知っているのにわざと私を連れてきたのは、すなわち「少しは女の子らしくしなさい」ということだろう。

 ショートカットに黒ぶちの伊達メガネ、カラフルなもこもこのマフラーとニット帽をかぶり、
携帯にはかわいいキャラクターのストラップが沢山。

「これ以上ないってくらい、女の子してるのになぁ」
「お、おおお客様、サイズはMで宜しいんですか?」

 私のつぶやきに、店員がパンツを畳む手を止めずにカットインしてきた。
店員とは目をあわさないようにずっとワゴンを凝視していたのに。

「は、はあ、そう、だと思う……ます」
「あの、あのどのような物をお探しで?ブラジャーのほうとお合わせになってみてはいかがですか?」

 慌てた様子の店員は、一気にまくし立てると、私をブラジャーコーナーに引っ張っていった。

「サイズは……」
「は、測ったことないんです……」
「あら、ちょうどいい機会ですね、じゃあ制服の上から失礼しまーす」

 店員はにこやかに笑うと、私の胴に手を回し、サイズに合うブラジャーを両手に抱えて戻ってきた。

「よいしょっと……ちょうどバーゲン初日だから、色も形も豊富にありましたよ」
「は、はあ……でもですね、私今日付き添いで」
「あら、折角お買い得なのに!」
「そ、そうなんですか?……でも……」
「どどどど、どうかされましたか?お客様」

 私は少しうつむいて、それから店員さんに耳打ちをした。

「私、こんなかわいいブラジャーを買うのも初めてだし、
パンツ……パンティも……あんなの、履いたことない……」

私の顔は、多分真っ赤になっていたと思う。店員さんはうんうんと頷くと、ほうっとやさしい吐息を吐いた。

「そうでしたら……」

持ってきたブラジャーの中から、白くてレースの控えめの、かわいらしい物を引っ張り出した。

「でしたらお客様、こちらが宜しいかと思いますよ。
レースが縁取られてて綺麗でしょう。
これだったら、股ぐりの深い、今お履きになっているパンツに近いものもセットでありますよ」

「綿100%ですか?」

 これだけは譲れない。私のこだわり。
なみちゃんみたいに、ツルツルのパンツじゃなくて、もっとほっとするようなパンツが欲しいのだ。

「綿100%ではないですけど、あ、ちょうどありましたよ。ね、ここが……」
「股のところもウエストも、レースなんだ……」
「これでしたら、綿と比べて、それほど履き心地も違わないかと思いますよ」

 私は手渡されたパンツを手に取った。
なみちゃんのパンツは、手に取っただけで手がひんやりとしてしまいそうだったけれど、
このパンツはしっくりと手になじむ気がした。テカテカしているけれど。でも。

「いい……かもしれない」
「気に入っていただけて嬉しいです、お客様。こちらのセットは本当にお徳で……
いや、私、あなたみたいな人に売りたかったんです」
「え?どうして」
「普段は下着のデザインの仕事をしているの。でもバーゲンで人が足りないからって駆り出されちゃって、
客商売なんて全然分からなくて」
「は、はぁ」
「このブラとパンティは、ちょうどお客様みたいな、
少し背伸びしたい年頃の女の子をイメージして私がデザインしたのよ」
「……そうだったんですか」

 背伸び、かぁ。そろそろ将来のことも考えないといけないなんて漠然と思っているけど、
きっと思うだけじゃダメなんだ。無理やり、思いっきり背伸びしなきゃいけないときがきっとあるんだ。

「かよちゃん!」
「なみちゃん!!どこに言ってたの?」
「お会計済ませてきたよ!」

 なみちゃんの手には、パンパンに膨れ上がった紙袋がふたつぶら下がっていた。

「買いすぎだよう」
「かよちゃん!かよちゃんこれ買うんでしょ?」

「いかがなさいますか?」

 私達のやり取りをくすくす笑いながら見ていた店員さんが、私を促した。

「……買い、ます」
「やったー!かよちゃん、大人の階段デビュー!!誰に見せるのぉ!?」
「うちの犬」

なみちゃんに背中を押されて、私はレジに向かった。
店員さん、もといデザイナーさんは、少し目が潤んでいるように見えた。

2010年1月脱稿/2010/3up

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