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雪のち晴れ

 思ったとおり、山は吹雪いていた。
ろくに前も見えない中で家族のみんなはせわしなくスノーボードを下ろして準備体操をしている。

 私は運動が嫌いだ。運動をするための準備体操という運動も嫌いだ。
運動をしたあとのクールダウンという運動も嫌いだ。
こんな寒い日は、家で犬を抱っこしてゆっくり寝ていたい。

「私、ロッヂにいるから」
「ホントに良いの?そりもスノーモービルもあるのに」
「いいの!」

 ざんざか降り積もる雪の中で駆け回っていた愛犬を抱えると、
私は家族を背に小さな山小屋に向かった。
ガタガタの立て付けの悪いドアを開けると、メガネが曇り前が見えない。
私はメガネを外して、ストーブ近くのベンチに腰を下ろした。
愛犬はストーブの周りをぐるぐると回った後、満足げに円くなった。
キッチンから漏れてくる豚汁の美味しそうな匂いが、腹の空いた私を刺激する。
まだ10時。せめて食事は家族のみんなと取ろう。私はお腹にぐっと力を入れて我慢をした。

 12時になっても、雪は止むどころか横殴りに降り続いている。
ちょうど昼食を取るため、沢山の人々がロッヂになだれ込んできた。
ドアが開けられては閉められ、しまりかけたと思えばまた開く。
愛犬は人々に反応しては撫でられ、しっぽを振って歓迎をしているが、私はひどく不機嫌だった。

 テーブルに肘を突いて家族が戻ってくるのを待っていると、
愛犬をなでていた男性がとろけそうな顔でこちらを見た。

「かわいいワンちゃんですねぇ。お名前は?」
「……龍馬です」
「へぇ、ワンちゃんなのに馬か!」

 男性は愛犬をもうひとなですると、私の横に腰掛けてきた。
動くとスノーボードウェア独自の、しゃりしゃりとした音がして、私は思わず顔をしかめた。

「普段着だけど……滑らないんですか?」
「……付き添いで来ただけなんで」

 私は少しだけ顔を背け、男性との距離を少しだけでも開けられるようじりじりと横に移動した。
馴れ馴れしい態度も気に食わなかったし、運動が好きな人も嫌いだ。

「えっ、付き添い?キミ一人で?」
「そうですけど」

 男性はひどく驚いた様子で、私とロッヂの外を交互に見ている。

「家族を待ってるの?」
「……そう」

 私は会話をするのも苦痛になり、顔を伏せて寝たふりをした。

「そうか、じゃあ僕家族の人が来るまで一緒にいてあげるよ」

 私は返事をせずに、顔を伏せたままロッヂから見える山を眺めた。
メガネをかけてよく目をこらすと、少し雪は小降りになったように見える。

「スキーは嫌い?」
「……嫌いです」

 そっぽを向いたまま答えると、男性はあはは、と豪快に笑った。

「そうかぁ、学校の授業でスキーをすることはないの?」
「それが、三学期にあるの!」

 私は面倒くさくなって、男性のほうを向いて小さく叫んだ。
初めてしっかりと顔を見た男性は三十歳過ぎのおじさんで、どこかで見たことがあるような気がした。

「……マツモト先生?」

 私はびっくりしてその場に立ちすくんでしまった。
その男性こそ、今年入学した小学校の、隣のクラスの担任の先生だったのだから。

「あみちゃんだよね?だめだぞー、ちゃんと家族と一緒にいないと」
「だって、スキー嫌いなんだもん」

 ついでに「運動は全部きらーい」と言うと、マツモト先生は、わははと笑った。

「”一年生になったから、なんでも頑張ります”って作文書いてたよなぁ、あみちゃん」
「全校集会で読まされただけだもん」

 マツモト先生はベンチをポンポンと叩き、私もそれにしたがって座り直した。

「嫌いでも、挑戦したら好きになるかもしれないよ」
「……そうかなぁ」

 私は大きく伸びをして時計を見た。12時を三十分も過ぎている。
後ろを振り向くと、お父さんとお母さん、お姉ちゃんが真っ赤な顔をして頭に雪を乗せて入ってきたところだった。

「あ、お母さんだ」

 私が手を振ると、お母さんは松本先生にも気づいて、会釈をしながらこちらに歩いてきた。

「マツモト先生!まあまあこんなところで」
「ちょうど休憩に来たらあみちゃんがいて、一緒にスキーがんばろうなぁって話してたんですよ」
「せんせー、私そんなこと言ってないよぉ!」
「三学期はスキー頑張るんだもんなぁ。一年生だもんなぁ」

 先生はそういうと、遠くのお父さんとおねえちゃんに会釈をしてロッヂの奥に歩いていった。

「ねぇ、あみちゃん、スキーする気になったの?」

 お母さんが頭をなでながら私の横に座った。

「……一年生になったから」
「そうね、あみちゃんもう四月には二年生よ」
「幼稚園じゃないから頑張るもん!」
「そうね、じゃあ午後はスキーレンタルしようか」

 笑って顔を見上げると、お母さんは、ちょうど遠くのマツモト先生に頭を下げて笑っていたところだった。

2010年1月脱稿/2010/3up

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