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夏の終わり

 窓を開けるとむしむしした風に混じって虫の声がする。 
体中がべたべたする。額をこすると、手の平にべっとりと汗がまとわりついた。

「こんなんじゃ、宿題もはかどらないよ!」

 誰もいない居間で、僕は大声を出した。
家中の誰からも返事はない。
 お父さんもお母さんもお仕事で、お兄ちゃんは朝から晩まで塾で勉強している。

 僕はまだ小学生だから、エアコンの付け方がわからない。
というより、さっきリモコンをいじっていたら電源が入らなくなってしまい、しかたがなく窓を開けることにしたんだ。

 今日はお母さんが、お年寄りが集まって住んでいる(お医者さんも看護師さんもいるらしい)ところに、ばーちゃんを迎えに行く。
 留守をまかされた僕は、プールにもいかず、泥棒から家を守っている。

「涼しくなる方法、ないかな……。あっ!」

 僕はまだなにも進んでいない自由研究のことを思い出した。
「家で簡単に涼しくなる方法」をノートにまとめよう。

 僕は部屋からノートと色えんぴつ、お父さんの部屋からデジタルカメラをとってきて、居間のソファに座った。

 僕はまだ小さいから難しいことはわからないし、二学期まで時間がない。
 だから、今家にあるものを工夫してみようと思った。

「まずは……、冷凍庫!」

 冷凍庫を開くと、凍った魚や肉、野菜やアイスノンが入っていた。
 そういえば、お母さんはお肉やお魚を解凍するのが苦手で、レンジを使ったり大変そうだったな。

 ラップに包まれた肉と魚、アイスノンを見ているうち、僕はこれ以上ないってほどにひらめいた。
 肉と魚をタオルに包んで、アイスノンみたいに体中に巻き付ければ、僕も涼しいし魚や肉も食べられる。
 つまり、この間学校で習った「一石二鳥」じゃないか!

 僕は浴室からタオルを持ってきて、肉と魚を包み、額とお腹に巻いた。
 巻いたところがじわじわ冷たくなってくる。

「成功!ノートに書こう!」

 僕はその恰好のままソファに戻り、肉と魚の絵を描いた。
 一生懸命描いたから三十 こ分もかかってしまったけど、額とお腹の冷たさは変わらない。
僕は五段階評価のうち四つの星をつけた。

「写真、とらなきゃ!」

 お父さんのカメラは望遠鏡みたいに長いから使い方がわからないけれど、カチャカチャといじっていたら、カメラから機械のお姉さんの声がして、十からカウントダウンをはじめたので、僕はあわててカメラをテーブルに置き、ポーズをとった。

「よし!次は……」

 魚と肉をテーブルに放り投げて、僕はまた冷凍庫を見た。

「アイスノンじゃ、つまんないし」

 冷蔵庫を開けると、大きなスイカがまるごと一つ入っていた。
 手にとると、ずっしりと重くて、勢いをつけて持ち上げると、すいかの触れている腕とお腹がひんやり冷たかった。

「スイカを抱っこするのも涼しくなるんだね!」

 僕はスイカを抱っこしたままカメラをいじった。さっきと違い、片手でカチャカチャといじると、テーブルからカメラがするりと床に落ちていった。

「危ない!」

 僕はスイカをほうり出してカメラに手を伸ばした。
すんでのところでカメラは僕の手におさまったけれど、それと同時に、どすんともぐしゃりとも聞こえる音がして、僕はあわてて振り返った。
 
 すいか!

「あー!あーあ、スイカが……」

 僕の手を離れたすいかは、そのまま床に落ちて三つに割れていた。床はスイカの蜜でピンクになっている。

「やっばい!えーと、なんとかしないとお母さんに怒られるよお!」

 割れたスイカはおいしそうな赤色をしている。

「いや、そうじゃなくって!」

 三つに割れたスイカの、一番小さいかけらを手にとると、やっぱりひんやりとして気持ちがいい。

「食べたら、もっと涼しくなるかな……」

 僕はいろんなことを考えた。一緒にすいかを食べたらばーちゃんはまたうちに帰って来て一緒に遊んでくれるかもしれない。
 お兄ちゃんは勉強で大変そうだから、すいかを食べさせてあげたい。
 お父さんは汗だくで背広を着ているから食べたらきっと元気になる。

「でも、僕だって今暑いもん!」

 僕は自分の部屋から貯金箱を持ってきて、テーブルにぶちまけた。
 百円玉がいくつか見える。

「食べたらすぐ買いに行こう!」

 僕はすいかをむさぼるように食べた。
 体がひんやりする。
 僕はあとで絵に描こうと思った。

***

 食べても食べてもすいかはなくならない。
 それどころかお腹がだんだん膨れて来た。
 空も、暗くなり始めている。
僕はまだ半分はあるすいかに勢いをつけてかじりついた。
 これを食べなきゃ、新しいすいかを買いに行けないんだ。

***

「なにやってるの!」

 声にはっとして顔を上げると、いつの間にか部屋は暗くなっていた。
 電気を付けるパチンという音がして振り返ると、頭に角を生やしたお母さんと、ニコニコ顔のばーちゃんが僕とテーブル交互に見ていた。

「あのね、全部食べたらばーちゃん家に帰ってくるって思って、あとね、学校に出す自由研究……」
「自由研究!? なんで魚と肉が転がってるの!?」
「えっとね、体が冷たくなるかなと思って」
「なにを……なにしたのか知らないけど、食べ物を粗末にする子はもったいないおばけがくるのよ!」
「おばけ……!やだぁー!」
「じゃあちゃんとかたづけなさい!」

 あわててスイカの食べかけをテーブルに乗せると、ニコニコ顔のばーちゃんが一口食べて、口に指をあてて「しー」と言った。

 片付けたら、冷え冷えのスイカを買ってくるからね、ばーちゃん、お母さん、お父さん、お兄ちゃん!


2010年8月脱稿/2010/10up

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