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カレーラーメン

 八月もあと一日で終わりだというのに、太陽は容赦なく照りつけて地面を焦がす。
 三人の悪友たちと宿題の追い込みをするのに適した場所を考えた結果、駅のすぐ横にあるファミレスに集合とあいなった。
 最初はドリンクバーで「ゲテモノジュース」、つまり相性の悪いドリンクを混ぜてとても飲めないような色になったものを作るなどはしゃいでいた。けれども同じ高校の制服を着た男女のカップルをナオが目ざとく見つけて以来、私たちは黙々と宿題の写しあいを始めるに至った。

「夏……なにしてたんだろうね」
「……みなまでいうな、みなまで」

 みっちゃんがぼそりとつぶやいた言葉に、私たちはほうっとため息をついた。やっとといった風にかよちゃんが反応する。みっちゃんの言わんとすることはみんなわかっているのだ。言葉にするのもおぞましい。
「高校生になれば」「夏になれば」彼氏ができるというのは、不純ではあるが私たち四人の受験勉強の支えにもなっていたのに、入学してから四ヶ月、私たちはそんなものとは縁遠い生活を送っていた。
 朝起きて学校に行き、授業を受ける。昼休みに友達とご飯を食べてまた授業を受け、帰宅する。もちろんクラスにはそれなりに優しくていいなと思う男子もいるけれど、そういう人にはいつのまにか彼女ができていたりするのだ。

「……近すぎるってのもさぁ、よくないと思うんだよ」

 ナオは吐き捨てるように言うと、ノートにシャープペンシルを放り出して伸びをした。
 私たちは地元の高校に進学した。学力的にも合っていたし、異質で時代錯誤的な校風でもないから、その点では選ぶ高校を間違ったわけでもないと思う。
 問題は、高校と私たちの家に近さにある。のろのろと歩いて五分とかからない、通学路に小さな商店しかない私たちの放課後に、男女のめくるめく華やかな出来事など起こり得ないのだ。くだんの同じクラスの男子も、通学途中に知り合った他のクラスの女子と出会いつき合いはじめたらしい。

「合コンとか?」

 いつのまにか新しいドリンクをとってきたかよちゃんが、ソファにどかりと座って、ナオと同じく投げやりに提案した。

「私メガネ男子が優しく話しかけてくれたらとりあえず惚れるなあ」

 みっちゃんがうっとりとつぶやく。

「私はスポーツが得意な人がいいー」

 妄想だけなら自由だ。かよちゃんもみっちゃんにのっかって好みのタイプを口に出し始めた。

「私はスポーツっていうより野球少年ね、やっぱり甲子園だよ」

 ナオは夏休みの大半をテレビの前で過ごしたらしく、ピンポイントで理想の高いことを言う。

「うーん……」

 合コン。想像をしてみる。異性と出会うためだけの集まりとはどういうものなのか。髪を下ろして濃いめに化粧をして、獲物を狩ろうとギラギラした目をした女子には、私はなれない。

「そういうのって、なんか違う気がするんだよね」

 私の言葉に、みっちゃんもうんうんとうなづく。

「廊下でぶつかった相手が超絶イケメンでー、メガネ男子でー、落としたハンカチをあとで届けてくれてー、"じゃよかったらメアド教えて"って言われてーみたいな」

 みっちゃんが目を爛々と輝かせて、興奮のあまり鼻の穴を膨らませて力説した。

「そんな少女マンガみたいなこと、ないない」

 ナオはどこか遠い国に旅立ってしまっているみっちゃんのおでこをぺちんと叩き、ストローでドリンクをかき混ぜた。

「ま、誰かに彼氏ができたら喜ばしいけどさ、こうやって集まることも少なくなるんじゃん?なら、しばらく私はこのままでいいや。あとトイレ」

 ナオの言うことも一理ある。中学一年からずっと同じクラスだった私たちは、相手のいいところも嫌なところも全て受け入れて友達付きあいをしている。たくさん喧嘩をした分、私は相手を受け入れることの大切さを三人から学んだ。この密度の濃い関係を壊したくない。結局、「彼氏がほしい」のはただ、カレーライスを食べているときに「ああ、ラーメンが食べたいな」と思うようなものなのだ。口先だけでなんとなく呟いているにすぎない。

「私ドリンクとってくる」
「私もー」

 みっちゃんとかよちゃんがは連れだってドリンクバーの一角に行き、私はまたため息をついてシャープペンシルを手に取った。楽しいけれど寂しい。カレーラーメンだって食べられるものなら食べたいのだ。私も、たぶんみんなも。

「あれ、消しゴム……」

 シャープペンシルの横に置いてあったはずの消しゴムが見あたらない。しゃがんでテーブルの下を探っていると人の気配を感じ、私はしゃがんだまま手をひらひらと振った。

「ねぇー、消しゴムなくなっちゃったぁ」
「あの……これ向こうまで転がってましたよ」
「えっ、いだっ」

 かよちゃんでもみっちゃんでも、ましてやナオでもない低い声にテーブルの下から勢いよく這い出ると、男性が一人、おずおずと手を差し出してきた。男性と言うよりは、少年。同じ年くらいだろうか。見た目は、声の印象よりは
ずっと若い。

「……これ」
「あ、私のです!ありがとうございます!」

 消しゴムを受け取り礼をすると、少年はなにか言いたげにテーブルと私を交互に見ている。

「あの……なにか」
「東高の一年ですよね?」
「あ、はいそうです」
「僕もなんです、っていうか僕らっていうか」
「僕ら?」
「あっちで男四人で宿題写しあいしてて……ハヤシさんですよね?」
「う、うんそうだけど」

 頭の中の記憶をたどってみる。同じクラスではないことは確かだ。選択教科か、それとも……。

「俺もなんだけど、友達みんな全然宿題やってなくて」

 私が正真正銘の「ハヤシ」であることに安心したのか、少年はそれまでの緊張感あるそぶりから一転して、顔をくしゃくしゃにしておどけたように笑った。

「あー、うちらもだよ。みんなで分担してるけどはかどんないよ」
「あのー、よかったら、八人で分担しませんか?」

 思ってもみない提案に固まっていると、トイレ帰りのナオと、ドリンクを手にしたみっちゃんとかよちゃんが、少年の後ろで同じく硬直している。

「あ、みんなあのね、この方はえーっと」

 記憶の中に全くない人物なのだから、名前なんて出てくるわけもなく、私は少年に曖昧に笑いかけた。

「あ、ササキです。東高一年です」

 少年ーーササキくんは振り返って一礼して道をあけた。わけがわからないといった風なみっちゃんとかよちゃんを尻目に、ナオはしたり顔で席に着き、私に耳打ちした。

「かっこいいね」
「そ、そうかな」
「タイプでしょ?」

「あのぉ」

 ナオの言葉に気を取られて、ササキくんを放置したまま。ササキくんは居心地悪そうに頭をかいている。私はササキくんに目でうなづいた。

「あのね、ササキくんも向こうのテーブルで、四人で宿題やってるんだって。量も多いし、うちら含めて八人でやらない?って」
「野郎ばっかで申し訳ないんですけど」

 ササキくんが、肩を寄せてすまなそうに私たちを見る。みっちゃんが興味津々といった風にササキくんをじっと見つめた。

「なんでうちらが東高の一年だってわかったの?」
「えっと、俺……いや僕がハヤシさんを見かけたことがあったので」
「そうなんだ……でも、なんでここにいるの?」
「それはハヤシさんが床に落とした消しゴムを僕が拾って」
「リアルドラマ!マンガの世界!」

 みっちゃんはまた鼻を膨らませている。かよちゃんを見ると、笑顔を返してきた。ナオは相変わらず、なにかをたくらむような顔をしている。

「みんなオッケーみたいなので、じゃ席そちらに移動するかな」

 ササキくんは私の言葉に破顔してぺこりと頭を下げた。髪の毛がぴょこんと跳ねて、思わず心臓がどきりとした。

「じゃ、待ってます」
「こちらこそー」

 ササキくんが風のように去ったあとテーブルを片づけながら、ナオがつぶやいた。

「これは合コンじゃないよね」
「ナオ、さっきから変だよ」
「でも四人対四人だよ、これは合コンに限りなく近いね」
「宿題やるだけだって」
「友情と恋愛の成立、可能かもよ」
「なに言ってんのさ」

 荷物をまとめてササキくんたちのテーブルに行くと、真っ黒に日焼けした丸刈りの男子と、スポーツバッグを傍らに置いた男子、二人とは対照的に、線の細いメガネをかけた男子が軽く頭を下げた。
 
 突っ立ったままのみんなの顔をちらりと見ると、心なしかみんな頬が赤かった。

 夏が終わり、何かが始まる予感がした。


2010年8月脱稿/2010/10up

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