dependence. >オリジナル >安・楽・シ【ショートショート】
昼飯を食べようと出歩いていると、男はいつもの定食屋の隣に見慣れない看板を見つけました。
看板には「骨伸ばし屋・安」と書かれています。男は興味本位でその店の戸を開けました。
手前に三帖ほどの狭い待合室があり、赤ん坊から御老人まで様々な年代の人が順番待ちをしています。
男は一つだけ空いた椅子に座ると奇妙なことに気付きました。
先程まで赤ん坊だと思っていた幼子の手足が、不自然にがっしりとしていて長くおおきいのです。
「骨を伸ばしてもらったのですか?」
男が尋ねると、お母さんは泣く赤ん坊をあやしながら答えました。
「小さいうちに伸ばしておかないと、大人になった時身長で苦労するでしょう?」
赤ん坊の番になりました。お母さんにだっこされた赤ん坊はぎゃんぎゃんと泣いています。
白衣を着た整体師が、赤ん坊の腕や足の関節を鳴らしていきます。そのたびに赤ん坊の泣く声は大きく響きました。
やがて整体師は、注射器を手にとりました。
「あれはなんですか?」
男は隣の御老人に尋ねました。
「骨のまわりの筋肉を増やす薬じゃよ」
御老人はそう言って、着物の下からまるで丸太のように太い腕を出しました。
男はいよいよお腹が空いてたまらなくなってきたので、席を立ち定食屋に向かいました。
何ヶ月か経った後、男はまた定食屋へと向かっていました。かつて「骨伸ばし屋・安」があったところには、「骨縮め屋・楽」の看板があります。男はまた、そのなかに入っていきました。
待合室では、大人の男性ほどの手足をつけた幼子がお母さんに絵本を読んでもらっていました。
「骨を縮めてもらいに来たのですか?」
男が尋ねると、お母さんはうんざりしたようにため息をつきました。
「だって、だっこができないんだもの」
幼子が呼ばれました。白衣を着た整体師が、関節を鳴らしていきます。幼子は痛い、痛いと涙を流しています。
「あなたのためよ」
お母さんは幼子を見つめてハンカチをぎゅっと握りました。
やがて整体師は、注射器を手にとりました。
「あれはなんですか?」
男はお母さんに尋ねました。
「骨のまわりの筋肉を減らす薬よ」
幼子の手足は一回り小さくなったように見えました。
男はお腹が鳴ったので店を後にしました。
何ヶ月か経った後、男はまた定食屋へと向かっていました。かつて「骨縮め屋・楽」があったところには、なんの看板もありません。店は朽ち果て、四隅がボロボロの宗教セミナーのポスターが風になびいています。男はまた、そのなかに入っていきました。
戸を開けると、老若男女が手に注射器を持ってうろうろ歩いていました。
「なにをしているんですか?」
男は御老人に尋ねました。
「体が楽になる注射を、おのおのがしているんじゃよ」
御老人は、曲がった腰を叩きながら答えました。
店の奥では、若い女性が雄叫びをあげています。
男はお腹が鳴りそうになったので、店を後にしようと思いました。
「そういえば、この店の名前は?」
入口付近にいた御老人が笑いました。
「体休め屋・シじゃよ」
男は御老人に礼をして「シ」をあとにしました。
男が定食屋で昼飯を食べていると、サイレンとヘリコプターの音がけたたましく響き、テレビは臨時ニュースに切り替わりました。
『今日、ドラッグの一斉摘発がありました』
アナウンサーが同じ言葉を繰り返し伝えます。
『店にいた客二十名の、全員の死亡が確認されました』
男は携帯電話を取り出しメールを打ち始めました。
『テレビを見たか? 俺は二十人やってやったぞ』
送信先には「人口減らし屋・政」と表示されていました。
了
2010年9月脱稿/2010/10up