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すき

「お父さんから連絡来ないわねぇ」

 お母さんはエプロンで手を拭きながら食卓に座った。時計の針は夜七時を指している。金曜日だし、多分飲みにでも出たんだろう。

「飲み会じゃないの?」
「もう、こういうときに限って連絡してこないんだから」

 お母さんは盛大にため息をついてサラダに箸をつけて満足げにうなづくと、食卓の一角の父が座るスペースにある煮物を手に取り、流しへと向かった。きっとサラダは満足のいく出来で、煮物はラップでもかけるんだろう。

「おねえちゃん、入学式って何着てくの?」

 卒業してから二週間。私は遊んでばかりいる。千草ちゃんじゃないけれど、短大に行ったらどうせ勉強漬けになるんだし、何もしなくてもいい時期なんて今後もうないかもしれないから。みそ汁をすすって私は顔を上げた。

「うーん、スーツかな」
「そうね、響、あんたスーツ買ってきなさい」
「うん」
「一人で行ける?千草ちゃんと行く?お母さん最近ちょっと忙しいのよ」

 食卓に戻ったお母さんが、カレンダーを見ながら指を折って何か思案している。主婦業も色々と忙しそうだ。

「うん、大丈夫だよ」

 私はお母さんに向かって頷きながら、先生のことを考えていた。先生、付き合ってくれるかな。

「大丈夫だよ、おねえちゃん彼氏が……」
「わぁ!」

 慌てて妹の口を押さえてお母さんを見ると、お母さんは指を折る手を止めて目をまん丸にして私を見たので、私は慌てて下を向いた。

「そうなの?」
「あははは、隠してたわけじゃないんだけど」

 ……隠してたけど。恐る恐る見上げると、お母さんはもう一度ため息をついた。

「今度連れてらっしゃい」
「あははは、はーい……」

 「先生」を連れてきたら、お母さんは今度はどんな顔をするんだろう。お父さんも……。とりあえずお父さん、今日飲みに出ていてくれてありがとう。

「おかーさん、このお味噌汁美味しいねぇ」
「いいふのりが手に入ったのよ、おかわりする?」
「おねがーい」
「ごちそうさま」

 最後に残った煮物のにんじんを口に放り込んで、私は席を立って自室へと向かった。

***

 ちょうどナイターが終わった頃を見計らって先生にダイヤルすると、電話の主は不機嫌そうに声を発した。

『はい』
「先生?」
『はいはい』
「先生なんかあったの?」
『……つまらん試合だった』
「あはは」

 ベッドに転がってカレンダーを見る。私達は完全にヒマだけど、先生方は来年度に向けての準備が忙しい頃に違いない。

『今日よー、新一年生が来た』
「オリエンテーション?」
『そうそう、制服間に合ってない奴もいたから詰襟やセーラー服もいて、わやくちゃよ』
「なんか楽しそう」

 私が入学する前のオリエンテーションが随分遠い出来事のように感じる。少なくとも先生は見かけなかった。緊張して、気づかなかっただけかもしれないけれど。

『あれ、タバコねぇや』
「切れたの?」
『ナイター見ながら吸いすぎた』
「そんなにつまらなかったんだあ」
『久しぶりに見たなぁ……あんなバカ試合』
「先生コンビニ行く?」
『おう』
「あのね、お願いしたいことがあって」
『会うか』

 思ってもみない誘いに、私はベッドから飛び起き、携帯を耳と肩にはさんで上着をひっ掴んだ。

「うん!」
『じゃ、コンビニにいるわ。明るいところ通ってこいよ』
「うん!あとでね!」

 私は階段を転がるように駆け下りて、居間に向かって「コンビニ行ってくる!」と叫んで走りだした。

***

 コンビニの入り口には背の高い影があって、赤く燃えるタバコの火が灰皿と顔のあたりを往復している。

「先生!」

 駆け寄ると、先生はいつものように私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。

「大丈夫だったか?」
「うん!先生買い物終わった?」
「おう。うち来るか?」
「うん!」
「飲む?」

 先生はコンビニの袋の中を探って、温かい紅茶の缶を手に取った。

「ありがとう」

 受け取ってほっぺたにくっつけると、じんわりとぬくもってくる。先生は私のもう片方の手をひいて歩き出した。

***

「スーツ?」
「うん、どんなの着たらいいかわかんないし……」

 二人で並んでテレビを見ながら、私はぬるくなった紅茶を一気に飲み干した。

「俺もわかんねぇよそんなん」

 先生は笑って私の肩を抱いた。頭を預けると、いつもと同じタバコの香りがする。この香りが心地よくなったのはいつからだろう。

「でもまあ、晴れて出歩けるようになったし、買い物行くか」
「ありがとう!あ、そういえば」

 彼氏が先生だって公言できるようにはなったけど、それは公衆の面前での話。お母さんと妹の顔を思い出してため息をつくと、先生が顔を覗き込んできた。

「何」
「お母さんに"彼がいる"ってばれた」
「そうか」
「いつか連れてきなさいって」
「いつか、なぁ……」
「ねぇ……」

 呼応するように相槌を打つと、先生はタバコに手を伸ばして火をつけた。

「買い物はいつ行く?」
「私はいつでもヒマだから、先生の空いてる日でいいよ」
「明日行くか、土曜だし仕事ないから」
「うん!」
「じゃあ……」

 先生は深く煙を吐き出して私をまっすぐ見た。真剣な目に、私も姿勢を正して聞き入る。

「家まで迎えに行くよ。ご両親にも挨拶するわ」
「ええええっ」
「早いほうがいいだろう、もっと早くても良かったくらいだ」
「はぁ……」
「まぁ色々あったからな、受験とかよ」
「うん……」

 "色々"の中には藤岡君のことも含まれているに違いないけれど、先生はあの夜も、それ以降も私を責めることはなかった。先生は、本当に優しい。

「じゃあそろそろ送りますか」

 時計の針は午後十時をさしていた。コンビニに行くだけなら十分過ぎるくらいの時間が流れている。

「はーい、お邪魔しました」

 立ち上がると、先生は私の肩に手を置いて身をかがめた。首に手を回すと、先生は顔を近づけて小さく笑ってから私に口づけた。

***

 私は目覚めた時から緊張していた。昨夜は結局お父さんが帰宅する前に寝てしまったし、お母さんも長風呂をしていて、先生が挨拶に来ることを話せていなかったからだ。

 居間に下りると、お父さんの姿はなく、お母さんはあわただしく化粧をしていた。

「おはよう、どうしたの?」
「お母さんこれから町内会の集まりで松前まで行くのよ」
「松前!? なんでそんな遠いところに」
「早咲きの冬桜がどうの、って……。三月に咲いてるのかしらね」
「あの……、今日"彼"がね、昨日話したら挨拶に来たいって」
「あら、でもお父さんもゴルフよ」
「ええっ」
「昨日の今日で、しっかりした人なのねぇ。でもお母さんももう出かけなきゃいけないのよ」
「そ、そうなんだ」

 なんだか拍子抜けして、私はソファにぽすんと座った。

「じゃあ、またそのうち連れてくるよ」
「そうねぇ、申し訳ないけれど」

 お母さんはあわただしくジャケットを着てスカーフを首に巻き、バッグを手に取った。

「年上の人でしょう」

 お母さんが鏡を見ながら背中越しに話し掛けてきた。

「なんでわかるの?」
「"挨拶に来る"って彼が言ったんでしょう?」
「うん」
「響と同じ年くらいの男の子がいうセリフじゃないわね」
「そ、そうかな……そんなもんかな」
「まだお父さんには言ってないから、直接言いなさいね」
「う、うんわかった」
「じゃあ行ってくるからね」

 お母さんは前髪をぱっと散らして襟を整えると、居間のドアを閉めた。

***

 部屋から携帯を持ってきて先生の番号を押すと、先生は一度のコールですぐに電話に出た。ソファにもたれながらことの次第を説明すると、先生は大きなため息をついた。

「ごめんね、いつもはうちにいるんだけど……」
『いや、焦りすぎた』
「そんなことないよ」

 先生がまた大きなため息をつきながら、電話の向こうでライターを鳴らした。

『……緊張した……』
「あははは、先生でも緊張するの?」
『するだろう普通。お前の親にケンカ売ったこともあるしなぁ』
「ケンカって……あの時は本当に嬉しかったよ」
『じゃあ、時間通りに迎えに行くから』
「はーい、待ってるね」

 電話を切ると、いつのまにか妹がそばに立っていて、にやにやしながら私を見ていた。両親がいないから気が緩んでいたけれど、妹は家にいたんだったと気づいた時には既に遅くて、一部始終を聞かれていたらしい。

「おねえちゃん、彼氏に電話してたの?」
「……そうだけど」
「デート?」
「うん」
「迎えに来る?」
「……いいじゃない、そんなの」
「えー、私おねえちゃんの彼見たい!」
「いいってば!」

 まだ何か聞きたそうな妹をソファに無理やり座らせて、私はシャワーを浴びに向かった。

***

「いいから!」
「一瞬でいいからっ」

 玄関で妹と押し問答をしていると、車のエンジンの音がだんだん近づいてきて、家の前でとまった。

「あ、来たみたい。じゃあね!」
「見るだけだからっ」

 ドアを乱暴に閉めて車に向かうと、先生がドアを開けてくれて、私は急いで乗り込んだ。

「えっ!? おねえちゃんの彼って先生なの!?」
「うるさいっ」

 窓を開けて手で追い払うような仕草をすると、ドアの隙間から見ていた妹は口を押さえ、きょろきょろと周囲をうかがいドアを閉めた。

「元気だなぁ」

 車を発進させながら先生がぽつりとつぶやいた。

「あははは、まだ若くて」
「お前も十分若いよ」

 先生は苦笑いで私の髪の毛をわしゃわしゃと撫でた。

「でも今日はちょっと大人っぽい格好を」
「そうかそうか」

 乱れた髪を手で直していると、先生は横目で私を見てタバコに火をつけた。今日は歩くだろうからローヒールだけど、パンプスだって履いている。大人っぽいシルエットのミニのワンピースを着て、千草ちゃんに教えてもらった化粧も少しだけしてみた。……先生には通用しないかもしれないけれど。

「で、どこに行く?」
「やっぱり大通かなぁ」
「大通なら駐車場も沢山あるな」
「うんうん」

 車は北大前を抜けてちょうど札幌駅付近に差し掛かる。高架下を抜けた時、雲に隠れていた太陽の光が差し込んできて思わず手をかざした。

「春だねぇ」
「だな」

 ぽかぽかとした陽気に誘われて、私はうっとりと目を閉じた。

***

「あれっ、響!?」

 駐車場に車を停めてデパートへと行く道すがら、聞きなれた声に振り向くと、千草ちゃんが駆け寄ってきた。

「先生久しぶりー!どうしたの?」
「入学式に着るスーツを買いに来たんだー」
「へぇぇ」

 千草ちゃんは私と先生を交互に見て、顔を真っ赤にしていきなり涙ぐんだ。

「ち、千草ちゃん……どうしたの?」
「響……よかったねぇ!晴れて先生と日中に買い物に来れるなんて……」
「俺が刑務所にでも入っていたかのような物言いだな」

 先生の言葉に、千草ちゃんはまだ涙を流しながら目を三角にして指差した。

「同じようなもんでしょや!」
「千草ちゃん、むしろ私達が卒業したから……」

 肩を抱いて慰めると、千草ちゃんは私に抱きついて涙をすすった。

「本当によかったねぇ、響」
「うん、でも人が見てるよ」

 私達の騒動に、道を行く人たちは興味深げにすれ違っていく。

「千草ちゃんはどうしたの?買い物?」

 背中をさすって問いかけると、千草ちゃんはいきなり身体を起こして眉間にしわを寄せた。

「……浩介が本屋に付き合えって」
「へぇ、で浩介は?」
「まだ本屋。っていうか、超分厚い参考書を何冊も買って、この私に持てっていうんだよー!今ロッカーにぶち込んですっきりしたとこ」
「た……大変だね」
「ねぇ!中島に車出してもらえば良いのにさっ」
「色々あるんだろう」

 いつのまにか先生がくわえタバコで、めんどくさそうに足首を回していた。

「何よ先生、色々って……もう中島と浩介の間にもなんにも障害はないんだからさっ」

 千草ちゃんはまた先生を睨んで、それからはっとしたように腕時計を見た。

「やばっ、もうこんな時間だ!じゃあねー!響、私がスーツ買うとき付き合ってねぇ!」

 千草ちゃんは手をブンブンと振りながら書店のほうへと走っていく。私も手を振りかえして先生を見ると、ちょうどタバコの火を消したところで、ポケットから携帯灰皿を取り出してごそごそとしていた。

「千草はずっとあのままなんだろうなぁ」
「あははは、千草ちゃんに急に変わられたら私も困るかも」
「お前は変わったよなぁ」
「そ、そうかな?」
「うん、変わった」

 そう言うと先生は私の手を取って歩き出した。ずっと前、クラスの女の子にも「変わった」と言われたことがふと思い出される。自分自身の姿形の変化はわからないけれど、こうして先生の隣にいることで、確実に気持ちは強くなったと思う。でも先生がどういう意味で「変わった」と言ったのかは分からない。

 ぎゅっと手を握り返すと、先生も更に強く握り返してくれる。楽しくなってそれを繰り返していると、デパートの入り口が目に入った。

***

「わからない……」

 デパートではちょうどスーツフェアが開催されていて、グレーや黒、スカートのものやパンツスーツが至るところに置いてある。ワゴンにかけられたそれを手で触りながら、私は途方にくれて遠くにいる先生を見た。

「もうー、先生ってば」

 私の視線に気づくと、先生は手をはらうような仕草をした。最初の五分ほどは一緒に見てくれていたのだけれど、曰く「女ばかりで居づらくなった」のだそうだ。

 通路には先生と同じ考えであろう若い男性や、親と同じくらいの男の人がうろうろしている。

「そんなもんなのかな」

 これだけ沢山のスーツを見せられると、どれも同じに見える。私は目の前にあったパンツスーツとスカートを手にとって両手に持ち、先生を見た。

「せめてどっちがいいか考えてよー」

 先生はあごに手をやって、左を指差してまた後ろを向いた。先生が指したほうはパンツスーツで、落ち着いたチャコールグレーのもの。私は迷うことにも疲れてすばやく試着をし、会計を済ませて先生に駆け寄った。

「買ってきたよ!」
「スーツは?」
「……」
「ん?」
「パンツの丈が長かったので、お直ししなきゃダメだそうです……」
「そうかそうか」

 先生は愉快そうに笑うと、ご機嫌な様子で私の手を握って歩き出した。

「なんか食うか?」
「うん!」
「何食べる?」
「なんか甘いもの!」
「……俺はどうしたらいいんだ」
「あー、えっと、カフェならコーヒーも甘いものもあるよ!」
「じゃあ行きますか」

 エスカレーターを降りながらも、先生はずっと私の手を握ってくれていて、私は気を抜けばついにやけてしまう顔をもう片方の手で押さえた。

 先生と手をつないで街中を歩く。誰の目も気にせずこうしていられることがとても嬉しい。見上げると、先生は私の視線に気づいてふわりと笑った。また顔がにやけてしまう。赤くなっているであろう頬を押さえていると、先生は不思議そうに尋ねた。

「何やってるんだ?」
「えっ、なんでもないよ」
「さっきからにやけてるけど」
「……ばれてたんだ」
「ばれるも何も……。ああ、ここも禁煙」

 先生はカフェの入り口をすばやくチェックすると、また歩き出した。

「……タバコが吸いたい」
「肩身狭いねぇ、先生」
「なんにも悪いことしてないのにな」
「あ、あそこ多分二階でタバコが吸えるよ!」

 アーケードの向こうに、一階と二階がカフェになっているビルが見える。前に浩介や千草ちゃんと来た時に禁煙席が空いていなくて二階に上がったことを思い出して、私は先生の手を引いた。

***

「甘い!美味しい!」
「そりゃよかった」

 ミルフィーユのように幾重にも重ねられた、クリームたっぷりのケーキを頬張って笑うと、先生は私の頭をぽんぽんと撫でた。

 先生はいつものようにコーヒーにお砂糖を沢山、ミルクを一滴たらしてかき混ぜ、タバコに火をつけた。

「あっ、私やるのに」
「いいからお前は食え」
「はーい」

 見渡すと、勉強をする人やスーツ姿で何かの打ち合わせをしている人、沢山の買い物袋を抱えた人で溢れかえっている。

「これ、膝にかけとけ」

 先生も周りを見渡して少し眉をひそめた後、ジャケットを脱いで私に手渡した。

「寒くないよ」
「いいから」
「ありがとう?」
「おう」
「ねぇ、沢山人がいるねぇ」
「そうだな」
「先生、私すっごく嬉しい!」
「……俺も嬉しいよ」

 先生があまりにまっすぐ私を見て言うから、私はまた頬が熱くなるのを感じた。

「また赤くなった」
「ううう」

 ミルクティーをストローでかき混ぜて、照れ隠しに勢いよく吸うと「ズズッ」と盛大に音が響いて、私はさらに下を向く羽目になった。

***

「もういいのか?」

 車のエンジンを回し、口に駐車券をくわえて先生が私の手を握った。

「うん!でも先生んちに行きたいです!」
「じゃ、帰るか」

 車は人通りの多い繁華街を抜けていく。心地のいい振動に揺られて目を閉じていると、ふと肩を叩かれた。どうやら眠っていたらしい。日はもうすっかり傾いていて、目の前には先生の家の玄関がある。私は跳ね起きて先生を見た。

「ぐっすり寝てるから起こすのもどうかと思ったけど」
「ごめんね、寝ちゃってた」
「いいよ」

 先生に手を引かれて玄関に入ると、靴を脱ぐ暇もなく強く抱きしめられた。背中に手を回すと、さらに強く抱かれる。

「先生……」
「今度、花見でも行くか」
「うん」

 肩を押されて、戸に背をつけられる。私の顔の横に肘をついて、先生は覆いかぶされるように私に口づけた。翻弄されているうち、足に力が入らなくなる。ずるずるとしゃがみこみながら、私達はしばらく口づけたり抱きしめあっていた。

***

「先生、なんで左がいいって思ったの?」

 先生お手製のパスタを食べながら、私はふとした疑問をぶつけてみた。

「何が?」
「スーツ、左を指差したでしょ」
「ああ、スーツな」
「なんで?」

 先生はとっくにパスタを平らげていて、タバコを吹かしている。先生は私をじっと見た後、盛大に煙を吐き出した。

「……足出されるのがなんとも」
「でも高校のときもスカートだったよ」
「それとこれとは別」
「そうなのかなぁ」
「お前、今パンツ見えてるぞ」
「えっ、やだっ」

 フォークをテーブルに投げ出して立ち上がり、慌ててワンピースの裾を引っ張った。太ももをしっかり合わせて、再びぺたりと床に座ると、先生が呆れたようにまたつぶやいた。

「お前なー、高校のときもパンツ丸出しで授業受けてたんだからよ」
「えっ、なにそれ!?」
「教壇からは見たくなくても見えるもんなの」
「……エッチ」
「どうとでも言え」
「知らなかった……」

 先生も見えていたということは、受けていた先生全てに見られていたんだろうか。卒業した今となってはどうでもいいことだけど、これからスカートを履くときは……。

「……気をつけます」
「おう」
「本当に」
「分かったから早く食え」

 先生はあごで私を促して、テレビの電源を入れた。そういえば今日カフェでお茶した時、先生がジャケットを貸してくれたっけ。

「ねぇ先生」
「んー?」
「今日も見えてた?」
「見えそうだった」

 テレビでは小難しそうな顔をしておじさんたちが何かの討論をしている。先生はテレビをザッピングしながら、視線をテレビに向けたままつぶやいた。

「どっか隙があるんだよな」
「え?なに?」
「気をつけろってこと。……早く食え」

 先生は部屋の隅からクッションをとって、隣においてぽんぽんと叩いた。

「はーい!」

 平らげてクッションにもたれるように座ると、先生は私の肩を抱いてテレビの電源を消した。

2010年4月23日

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