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「伝」わる、涙【R15閲覧注意】

「嫌なら言って」

 気がつくと左の肩をそっと掴まれていて、先生の少しこわばった顔が目の前にあった。先生はさっき「私を失くしたら俺は耐えられないと思った」と言った。先生はとても弱い。私のことを深く思っていてくれたからこそ、自分の思いに耐えられなくなって私に別れを告げたんだ。想いが通じたからゴールなんじゃない。その先にあるものを手探りで強引に続けてきた私達だから、本音を交わした今、私はその証を分かち合いたいと思った。

 首を振ると、今まで感じたことのないような強さで肩を引き寄せられ唇をふさがれた。心臓がドクンと鳴って身体がいうことを利かない。唇を真一文字にしていると、先生はふっと笑って唇を離して、私の顔を覗き込んだ。

「ここ、座って」

 先生はベッドに腰掛けて、隣をポンポンと叩いた。いうことをきかない身体になんとか力を入れてベッドに腰掛けると、先生は私の顔を覗き込んで、真剣な顔で私を見た。目と目が合って、私はまた身体がこわばるのがわかった。先生の瞳の奥は熱っぽくて、目を背けられない。私をすべて見透かされてしまいそうなくらい見つめられた後、先生はほうっと息をはいて表情を崩した。

「島田」
「は、はいっ」

 背筋をぴんと伸ばして応えると、先生はめがねを外してテーブルに投げ置いた。静寂の中にカチャリと音が響く。その音に反応しさらに身をこわばらせると、先生は私を向いて、私の両手をそっと握って手のひらを合わせるように指を絡ませた。私の指の一本一本をいつくしむように優しく撫でるその先生の指が、私を包んで満たしていくようで、私はうっとりとした気持ちになって目を閉じた。瞬間、手を強く握られて唇をふさがれる。先生は音を立てて私の唇を吸うと、今度は肩を抱きしめて、またほうっとため息をついた。

「心臓、どくどくいってないか」
「わ、私緊張して……」
「いや、俺が」

 先生は私の肩をつかんで顔をのぞき込んだ。先ほどまでの熱っぽさはもうなくて、潤んだ瞳が笑って私の目を見た。つられて照れ笑いをすると、先生は目を閉じて私の頬に唇を落とした。額、まぶたにキスを落とす度に、ちゅっと音がして、くすぐったいような嬉しさでいっぱいになる。

「先生、……目閉じて」
「ん?」

 私は腰を浮かせて、素直に目を閉じている先生の額に口づけた。今までに何度か私からキスをしたことはあるけれど、結局先生に主導権を握られることが大半で、こんなにじっくりとキスをするのは初めてかもしれない。唇を離して、頬に手を添えて口をつける。音を鳴らそうと思ってもうまくいかなくて、私は先生に抱きついてごまかした。

「おっ……と」
 
 勢いがすぎたのか、先生は私の背中を抱いてベッドに仰向けになった。いつも抱きしめられているとき以上に上半身が密着している。そう意識したとたん急に先ほどまでの緊張がよみがえり顔を上げることができない。黙っていると、先生の手が背中から肩へと伸び、私の肩を押し上げて横に倒した。

「わ……」

 転がされた私は、先生の腕に頭を乗せられて、ちょうど先生と向かい合う形になった。先生の顔がとても近くにあって、呼吸が頬に当たるたび、私の鼓動は跳ね上がり先生を怖いと思ってしまう。そうなんだ、やっぱり私は、今とても怖い。

「島田?」
「ん……」
「も一度キスして」
「えっ」
「えっ、じゃなくて、もっとこんな風に」

 先生の吐息が唇にかかり、そのあと私の口を覆った。いつの間にか進入してきた舌は私の口の中をくまなく探り、私の舌を絡めて吸い、また深く押し入ってくる。私は角度が変わる度にあわてて息を吸い、先生になされるがままにっていた。

「舌出して」
「ん……舌……?」

 おずおずと舌を出すと、先端を先生の舌が触れ、絡め取られてまた深く口づけられる。いつのまにか私は仰向けにされていて、私の顔の左右は先生の肘で沈んでいる。角度を変えては色っぽい音を立てて私から離れ、息つく間もなく唇を軽く吸われてまた深く割り入られる。

 やっと解放された私が肩で息をしていると、先生は耳元に唇をよせてささやいた。

「……こんな風に」
「で……できないよ」

 先生の吐息が耳にかかる。くすぐったいけれどそのままでいてほしいような、自分でも制御できない気持ちでいると、先生の唇が優しく私の耳に触れた。

「ひゃあっ」

 触れられた耳元から、じんわりとした、でも確かな気持ちよさが身体全体に広がっていく。耳全体に、先生の吐息と柔らかい唇が占領していく。耳たぶをもてあそばれるように軽く噛まれた時、矢にでも刺されたかのような気持ちよさが私の身体を突き抜けていった。

「あんっ」

 自分の身体なのに。よく知った自分の身体が、先生によって性急に変わっていく。私はやっぱり怖くて先生のシャツにしがみついた。

「こ……こわい、こわいです先生……」
「……うん、わかった」

 先生は起き上がると、私の手を引っ張り起こした。

「よしよし」

 頭をぽんぽんと撫でられて、目の端から涙がつぅと降りていくのがわかった。

「……ごめんな」
「あや、謝らないで……」

 私は目の端をこすって先生に頭を預けた。こんなに好きなのに、どうして怖いと思うんだろう。私は先生の首に腕を回して、つぶやいた。

「好きなの……。好きなんです先生……」

 繰り返していると、先生は私の肩を抱き起こして、また私をのぞき込んでにやりと笑った。

「俺の方が好きだよ」
「私だもん」
「いや、俺」
「すっごく好きだもん」

 唇をとがらせて言うと、先生はくしゃりと笑ってテーブルのめがねに手を伸ばしてつぶやいた。

「好きだから……んだよ」
「え、なんて?」
「いや、なんでも」

 先生はそう言うと、めがねをかけて立ち上がった。

「顔洗ってくる」
「顔?なんで?」
「なんでも」

 洗面所から聞こえる水音を聞きながら、私は耳に手を伸ばした。自分で触れても気持ちなんてよくはならないのに、先生の手に掛かると魔法にでもかかったかのように私の身体は変わった。

「わかんない……」

 今はわからないままでいい。耳から手を離して膝を抱えると、ちょうど先生が顔をタオルでごしごしと拭きながら戻ってきてベッドに座り、また私の頭をぽんぽんと撫でた。

「よしよし」
「えへへへ」
「もう帰らないとな」
「あ……うん」

 時計を見ると、日付をだいぶ過ぎている。帰りたくないけれど……。身を引かれる思いでしぶしぶ立ち上がると、先生は私に素早くキスをして玄関に向かった。

「……やっぱり自信ねぇや」
「ん?なんですかー?」
「諸般の事情で車じゃないけど……送りますか」
「諸般の事情ってなんですかー」

 背中に尋ねると、先生は靴を履き、つま先でとんとんと地面を叩いてから、少し照れたような顔をして私を振り向いた。

「……卒業したら教えてやる」
「ん?うん?」

 先生は手招きをして私を呼び寄せたあと外に出てドアを閉めてしまった。

「なんだろ?」

 私も靴を履いて、首をひねりながらドアを開けた。

2010年5月5日

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