dependence. > 先生! > Mail me!

Mail me!

 先生はメールを打たない。曰く「ボタンが小さすぎて押すのがめんどくさいし電話の方が早い」から。少し寂しい気持ちはあったけれど、それでも私は贅沢なんだと言い聞かせていた。

***

 講堂に集められて、履修方法やサークル紹介をぼうっと眺めていると、隣で携帯の振動音がする。横を向くと千草ちゃんがかばんからそうっと取り出して私に笑いかけて下を向いた。私も視線を下げると、千草ちゃんは机の下でポチポチと打ち始めた。

「渚から?」

 小声で聞くと、千草ちゃんは「うん!」と嬉しそうにうなづいて耳打ちし返してきた。

「伊藤からはメール来ないの?」
「うん、先生めんどくさいんだってー。送っても電話で返ってくるよ」
「えー、メールの意味ないじゃんね」

 笑い返すと、千草ちゃんはまだ携帯をいじりながらぼそりと呟いた。

「大学の授業って長いんだよねぇ。暇なときメールしたいじゃんね」
「あはは、でもうちらが授業の時は先生も教えてる時間だよ」
「だってー。デートの約束とかさぁ、いちいち電話してたらなかなか決まらないじゃん? 声が聞きたいのもあるけどさぁ」
「まあね」

 教壇では弓道部のサークル紹介が始まるところで、見慣れた袴を履いた先輩たちがあわただしく準備している。私はほおづえをついて懐かしさに浸っていた。高校から始めた部活であっても、選手としてそれなりにやれることはやったし、自分には合っていたのかもしれない。

「千草ちゃん、サークル入る?」
「うーん、バイトしたいしー、しばらくはいいかなぁ」
「だよねぇ」
「渚の応援にも行かなきゃいけないし」
「ラブラブだねぇ」
「響は?伊藤と会ってるの?」
「うん、今日迎えにくるって言ってた」
「ええーっ!?」
「しーっ!」

 千草ちゃんが携帯を机に放り出して大声を上げたので、私は人差し指をたてて周りを伺った。真剣に聞いている人は少ないようで、居眠りしている人や下を向いて携帯をいじっている人がちらほらと見え、ぼそぼそとしたしゃべり声も聞こえる。背を丸めると、けして静かとはいえない講堂内に、射た弓が的に突き刺さる音が響いた。大きな破裂音にも似た音に、周囲の学生の肩がぴくりと動く。私は尚いっそう背を丸めて小声で続けた。

「……まだ学校始まってないから暇なんだってー」
「まあ、伊藤はいつでも暇そうだよねぇ」

 千草ちゃんはけらけらと笑うと、携帯をつかんでまたいじり始めた。

「あたしはこれからバイトの面接なんだー。これから響もバイト始めるじゃん?」
「うん、こないだから始めてるよ」
「あ、そうだったよねぇ。でさあ、もう学校で会えないじゃん?」
「うん、そうだねぇ」

 「約束しなくても会えた場所」にはもう私はいない。いざ卒業してみると、話せないまでも毎日顔を合わせることができたあの場所はとても貴重だったのだと思い知らされる。ただ、堂々と会えるようになったことはなによりも嬉しい。さんざん苦しんだ場所から解放されたのだという思いが強いのが事実で、それはきっと先生も同じなんだろうなぁと思う。

「送信っと……携帯メールって便利だよう。今渚も部活の休憩時間にメールくれたしさぁ」
「先生、メールの仕方知らないのかもしれないなぁ」
「あー、そんなかんじする」

 弓道部の紹介が終わり、また壇上は騒がしくなった。千草ちゃんに合わせて笑ってから目を正面に移すと、Tシャツにショートパンツの金髪の学生がドラムセットを大きな音を立てて壇上に置き、あわただしく去っていった。

「次……軽音サークルかなあ」

 呟くと、千草ちゃんも手持ち無沙汰に髪の毛の先をくるくるといじりながら壇上を見た。

「結構サークルって高校の部活と似てるね」
「だねぇ」

 別の金髪の学生がその前に座り、スティックを片手にドラムを軽く鳴らした。音が壁に跳ね返り、ボディブローのように身体に重い音が響く。その音に驚いていると、わらわらと金髪の学生がでてきて、スピーカーのようなものとギターをつないで弦を鳴らした。大きな音が講堂に響きわたる。共鳴して壁から跳ね返り、講堂全体がギターの音で満たされる。がなり立てるようにボーカルが歌いだし始めると、ささやく声では隣の千草ちゃんの声も聞こえなくなって、私は少しお腹に力を入れて千草ちゃんに耳打ちした。

「なんだかすごいね」
「離れるとさぁ、つながりが欲しくなんない?」

 千草ちゃんはほうっとため息をついて携帯を手に取った。

「あたしも渚と離れちゃって寂しいけどー、メールでつながってると思うだけで安心するっていうか嬉しいもん」

 千草ちゃんは携帯を開いて待ち受け画面の渚との二人の写真を見ながら、幸せを噛みしめるように呟いた。

「つながりかぁ。いいなぁ」

 いつの間にか演奏は終わっていて、また壇上が騒がしくなっている。私は自分の携帯を開いて、初期設定のままの待ち受け画面を見てため息をついた。そういえば、先生とはろくに写真を撮ったこともない。プリクラでさえ「お金と時間の無駄」と言われて素通りさせられたんだっけ。今までのことを思えばとても贅沢な悩みかもしれないけれど、もっと先生の近くにいたい。それが無理ならせめてささいなつながりだけでもと思うのは、私が欲張りなのだろうか。

「決めた、私今日先生にメールの仕方を教えてみるよ!」
「うん、そうしなよ響! 伊藤だってバカじゃないんだからきっとすぐメールに慣れるよ!」
「うん!」
「あ、メールだ」

 千草ちゃんは携帯を開くと、肩をがっくりと落として画面を私に見せてきた。

「どうしたの?」
「……浩介からまたのろけメールが来た……」
「あー、浩介幸せそうだもんねぇ、受験生だけど」

 自分の携帯もぶるっと鳴ったので開いてみると、同じく差出人は浩介で、中島の料理がおいしかっただのこれで勉強を頑張れるだの、うざったらしい文面が続いていた。

「……千草ちゃん、私にも来た」
「なんなのさあいつ!」
「ねぇ……」
「あ、もうサークル紹介終わったよ」

 司会者の締めの言葉が響く中、講堂がざわざわと騒がしくなり、私は大きく伸びをして立ち上がった。千草ちゃんも鏡を見てリップを塗ってから私に続いて机に手をつき、大きく伸びをした。

「あ、先生にメール打たなきゃ」

 歩きながら浩介のメール画面を消して新規作成画面を出すと、千草ちゃんが興味津々といった風に画面をのぞき込んできた。

「ねえねえ、なんて打つの?」
「えー、『終わったよ』って」
「味気ないーっ! ラブラブじゃなーいっ! あっ、ハートの絵文字もないーっ!」
「だってそれ以外に何か……送信っと」

 マナーモードを解除してバッグに入れると、着信メロディが鳴ってすぐ切れた。

「あれ?今の響の携帯じゃない?」
「うん、先生。了解って意味でよくメールの後鳴らすんだ」
「……今時ワンコールなんて味気なーいっ」
「だよねぇ」

 髪の毛をふわりと揺らして憤慨する千草ちゃんに笑って、私はカバンをしっかりと肩に掛けた。

***

 「先生!」

 校門の近くに見慣れた車を見つけ駆け寄ってドアを引くと、先生はハンドルに両腕をもたせたままタバコをくわえて、目元を緩ませてこちらを見た。

「おかえり」

 優しい声と表情にドキドキしながらシートに座ると頭をぽんぽんと撫でられて、私の心臓はいっそうドクドクと脈を打つ。

「えへへ」

 悟られたくなくて笑ってごまかすと、先生はタバコの火を消して車を動かした。

「今日は講義はないのか」
「うん、ガイダンスだけだよー」
「あー、そんなもんか」
「うん」
「見事に女しかいないな」

 歩道には短大生が群をなして歩いていて、脇にはサークルの勧誘かチラシを持った学生がびっしりと立ち、学生の行く手を阻んでいる。

「うん、女子短大だからねー」
「俺よー、待ってる間、悪いことなんにもしてないのに気まずかった」
「あはは、確かにこれだけ女の子がいるとねぇ」

 車は細く曲がりくねった路地を抜けて、大きな道路とぶつかった。先生は前の車と同じく右にウインカーを上げて信号が変わるのを待ちながら、ポケットを探ってタバコを取り出した。

「千草も一緒だと思ってたけど」
「あ、千草ちゃんは今日はバイトの面接なんだってー」
「ふぅん……で、行くところはないのか」
「今日はバイトもないし、特にないかな」
「じゃ、俺んち行くか」
「はーい……そうだ先生」
「なに?」

 横を向くとタバコをくわえたままハンドルを切る様子とその横顔が見えて、私はまた鼓動が激しくなってしまう。居心地がいいけれど、先生の隣はいつまでたっても慣れなくて……。私にはいつも刺激が強い。

「なした?」

 ぼうっと見ていると、先生はいぶかしげにちらりとこちらを見たので、私はせっつかれるように話し出した。

「先生、メールの仕方知ってる?」
「あー?」
「私のメールにも返事欲しいなって」
「……めんどくさい」

 先生はほうっと煙を吐き出すと、いかにもわずらわしいといった風に顔を少しだけしかめた。前に聞いたときと同じ答えに、どう説得するか考えを巡らせてみたけれど、先生からの返事が「メール」である利点は「先生にとっては」実際のところないのだ。「私が」返事をもらいたいだけで。

「……うーん」
「画面がちいせえんだよ」
「うーん、うーん」
「ボタンも小さいし」
「……先生、メールしたことある?」
「ない」
「ないの?一回も?」
「ないですよ」

 食いつかんばかりに聞くと、先生はあきれたように煙を吐き出して笑い、私の頭をまた撫でた。

「……ないんですか」
「なに敬語になってんだ」
「……つられた」
「はいはい」

 頭に置かれた先生の手を取って握りしめて視線を外へ移すと、もう私の家の近くまで戻ってきているようで、見慣れた景色が広がっている。

「大学まで地下鉄だとだいぶかかるけど、車だとすぐだね」
「あー、車な、免許は学生のうちに取っておいた方がいいぞ」
「そうなの?」
「就職するにしても有利だからな」
「へぇ……そういえばうちのお母さん、私が小学生の時に取りに行ってた」
「へぇ」
「確かに大変そうだったなぁ」
「……挨拶行かないと」

 先生が急にまじめな口調で話し出したので、鼓動がどくんと耳元で鳴り、私は背をぴんと伸ばして先生の手を握りなおした。

「き……緊張するね」
「そりゃあなー、でも早い方がいいだろう」
「そうだねぇ……そうだよねぇ……」
「後で話そう」

 先生は私の手を包んで、ギアをつかんで入れ直しながらゆっくりと路地にハンドルを切った。遠くに先生のアパートが見えて、入り口付近に制服姿の女子生徒がたまっている。

「あれ、先生……うちの学校の生徒だよ」
「あー、めんどくさいな」
「めんどくさいって……先生を待ってるのかな?」
「多分な……とりあえずどっかで暇つぶすか」
「そうだね、今帰ったら大変なことに」
「悪いなー……適当にお茶でもする?」
「するする!」

 うなづくと、先生はまたふっと笑って私の頭を撫で、大通りに車を走らせた。

***

 大きなカーブのちょうど真ん中あたりにあるこのカフェは、周りに大きな建物もなく見晴らしもいい。私はこの店がとても好きだ。二人がけのソファが向かい合って個室のようにもなっているし、間接照明がいい雰囲気を作り出していて、なによりもパフェがとても美味しい。

「美味しい!」
「そりゃよかった」

 向かいに座る先生は私の言葉を軽くいなして笑うと、タバコに火をつけた。

「先生ー、バイト代がでたらごちそうしてあげるからね」
「なにを?」
「えーと、コーヒーとか……?」
「ぶはは、まあ楽しみにしてるわ」

 先生は盛大に煙を吐き出して笑い、深くソファに座りなおした。

「でねー、先生メールのことなんだけどね」
「おう」
「訓練すれば出来るようになるよ」
「訓練かよ、大げさだな」

 先生は私の言葉に表情を崩すと、コーヒーに口をつけた。ごくりと喉が鳴る。喉仏が動くさまはとても艶っぽくて、視線を外せない。じっと見ていると、先生はため息をついて携帯を取り出した。

「で、どこをどうするって」
「えっと……来たメールに返信すればいいだけだよ」
「それがめんどくさいんだって」
「んーとね、メール画面を開いて……」
「めんどくせえ、お前ちょっとやってみて。見てるから」

 先生は携帯を手渡しながら私の隣に座った。ソファが沈んで私の身体が跳ねる。

「おっと……で、なにをどうするって?」

 先生は私の肩を抱いて跳ねる身体を固定し、手の中にある携帯を覗き込んでいる。先生の髪の毛が鼻を掠めるほど距離が近くて、私は思わず身体を固くした。

「えっと」
「うん」

 近くで先生の低い声がする。私は自分の鼓動に負けないように携帯を握り締めてメールを開いた。

「……ここで、『返信』を押すの」
「あー、はいはい」
「で、文字を入力するだけ」
「文字がなぁ、ボタンをちまちま打つのが」
「めんどくさい、んでしょ」
「そうそうそれよ」
「何文字か打ったら変換候補が出てくるから……例えば、『わか……』で、『分かりました』とか」
「あー、なるほどね」
「……先生、おじいちゃんみたい」

 くすくす笑うと、先生はむっとした顔で私の顔を覗き込んだ。瞳の奥に私が映りこんでいて、私は思わず携帯を閉じて先生を押した。

「ちっ……近いよっ」

 先生は眉を寄せたまま唇を掠めとり、私の肩を抱き直した。目をつぶる暇もなくチュっと音がして、気恥ずかしさと驚きで身体が熱くなるのが分かる。先生の肩を押し戻して抗議をしようとしたけれど、逆に強い力で引き戻されてしまった。

「せっ……先生っ」
「で、これで送ればいいんだな」
「う、うん」
「わかったわかった」

 先生は携帯を私の手から奪い取ると、肩に回した手はそのままに、向かいに置いてあるコーヒーに手を伸ばした。

「もうそろそろ帰るか……って、今何時だ?」

 先生はコーヒーを喉を鳴らして飲み干して時計を見た。私の心臓はばくばくしっぱなしで、まるで水面に口を出して呼吸する金魚のようにうまく息ができない。いつになっても私は慣れなくて、いつも先生は冷静に見える。事実、抱き寄せられて先生の鼓動を聞いてもいつも静かにとくとくと鳴っていて、時計の針のように規則正しい。私はいつになったら慣れることができるんだろう。

「……五時過ぎか。お前、家は……」
「まだ大丈夫、です」

 先生の低い声に満たされて、自分の鼓動が小さくなっていく。私は先生の隣にいるといつも、安心感とつき上がるような心の張りを交互に感じている。今はとても居心地がよくて、私は先生の肩にもたれた。先生のシャツはタバコの匂いがかすかにして、生めかしいけれど安心する。ほうっとため息をつくと、先生は更に私を引き寄せた。

「なんか食う?」
「うん!」
「……つっても、また店移動はめんどくさいなぁ」
「先生の家で私が作るよ!」
「……心配だ」
「そんなことないよ! ……多分」
「多分かー」

 先生の肩が揺れる。顔を覗きこむと目を細めて楽しそうにこちらを見つめていたので、私は鼓動が早くなる前に水を手にとって飲み干した。

***

 スーパーマーケットはちょうど夕飯の買い物客でごった返していて、私は出てくる人を避けながら先生の後をついて中に入っていった。

「先生、何食べたい?」
「失敗しないものがいい」
「失敗……うーん」

 人ごみの激しい野菜コーナーを素通りして精肉コーナーへ向かうと、臨時の「お花見コーナー」が出来ていて、野菜と肉がショーケースに並んでいた。

「あ、味つきジンギスカンなら失敗しようがないよ!」
「おー、ジンギスカンなんて久しく食べてないなぁ」
「たまねぎ入れないから」
「それは頼む」
「はーい」

 先生の持つかごに肉と野菜を入れ、人ごみを縫うように飲物コーナーへ辿りつきコーヒーと自分の紅茶を買いレジへ向かうと、先生は「タバコを買いに行く」と言い五千円札を私の手に握りこませて自動販売機へ向かった。今まではバイトができなかったから先生に頼りっきりだったけれど、バイト代が入ったら少しでも自立した「大人」になりたい。私は五千円札を見つめて決意を新たにした。

 支払いを終えて袋に詰めていると、先生がすうっと戻ってきて自分の代わりに袋に詰めてくれた。タバコも持たず手ぶらで、ざかざかと品物を詰めていく。

「ありがと、先生」
「いやー、お前、タスポ持ってねえ?」
「いや私タバコ吸わないし未成年だよ!?」
「あー、そうだった……じゃ帰りコンビニ寄っていい?」
「買えなかったの?」
「タスポ持ってないの忘れてた」
「なにそれー?」
「いつもコンビニで買ってるからよ」

 先生は首をひねって荷物を持ち出入り口へと向かった。私はなんだかおかしくて、くすくすと笑いながら、見失わないようにとことこと後ろをついて歩いた。

***

「どうしよう……もう十分だよね」
「……焼きすぎじゃねぇ?」

 手招きしてゲームをしている先生を呼ぶと、先生はフライパンを一瞥して煙を盛大に吐き出した。

「だよねぇ」
「……火は止める」
「はーい」

 生の肉は焼けたら香ばしく見えるけれど、味つきの肉は焼け具合が分からない。味つき肉なら間違いはないと思ったけれど、念には念を入れて焼きすぎた結果、たれは煮詰まり見た目にもとてもしょっぱそうなジンギスカンになってしまった。先生の家は単身用なので換気もそれほどよくなく、部屋中が肉のにおいで充満している。それでも先生はもくもくと全部食べてくれた。

「美味しかった……ようなー……」
「うまかったうまかった」
「……ごちそうさまでしたー」
「ごちそうさま」

 食器とフライパンを洗ってベッドを背に床に座ると、先生はゲーム画面をテレビに切り替えて私の横に座った。

「そういえば、お前家に連絡しなくて良いの?」
「連絡?あ……ご飯要らないって連絡してなかった」
「じゃ、どうぞ」
「はーい」

 かばんから携帯を取り出して家を呼び出していると、先生は私の肩を抱き寄せた。急にやってきた温もりに、心臓がまた耳元で鳴る。

「あ、お母さん私だけど……」

 急に目の前が暗くなったと思ったら、先生は私の額に唇を押し当てて笑いをこぼした。「キスされた」、ただそれだけで私はわけがわからなくなる。顔が火照り、私は額に手をやって必死に喋った。

「えっ!? えっ!? あのー、そう、ご飯要らないから!」

 慌てて用件だけを伝えて電話を切り睨むと、先生は嬉しそうに頭をぽんぽんと撫でた。

「せんせい〜」
「よしよし」
「よしよしじゃないっ」
「まあまあ」

 再び抱き寄せられて、私はまた抵抗が出来なくなる。手の中にまだある携帯画面を見ながら、私は千草ちゃんの待ち受け画面のことを思い出していた。

「先生?」
「なに?」
「一緒に写真とって」
「写真?」

 私は意を決して先生の肩を押して起き上がり、携帯の画面を先生に見せた。

「待ち受けにしたいの」
「はぁ……」
「嫌?」
「よくも次から次へと」
「じゃあ撮るよ」

 感心したようにうなづく先生を無視して強引に突破すると先生はまた私の肩を抱き寄せてきたので、私は手を伸ばして携帯のカメラをこちらへ向けた。

「うまく撮れるかなぁ」
「俺がやったほうがいいんじゃないのか?お前より腕長いから」

 先生は私の手から携帯を取り上げると、私の顔を覗き込んで小さく笑ってから私に口づけた。コーヒーに混じってジンギスカンの味がする。うっとりして目を閉じると気の抜けた機械音が鳴り響いて、私ははっと身を起こした。

「わーっ!」

 先生から携帯をひったくって画面を見ると、そこには私と先生がキスをしている場面がしっかりと映っている。

「せんせい〜」
「はい終わり」
「これを待ち受けにする勇気は私にはないよー……」

 もう一度画面を見てみる。画面に映っているのは間違いなく私達で、先生の伏せた目がとても色っぽい。私はキスをされるときはいつも目を閉じるから、キスをしている先生の顔は初めて見る。嬉しそうで、それでいてとても真剣で……。対して私の姿は先生に翻弄されているのが丸分かりの上気した頬に、肩にすがりつく手がいじらしくて恥ずかしい。

「せんせい〜、もう一回!」
「ん? じゃあ……」

 服を引っ張ると、先生は私の携帯を取り上げてベッドに置き、私の肩を掴んで深く口づけてきた。堪えられなくなって首に手を回すと、先生はよりいっそう深く唇を割り、舌を絡めては音を鳴らして離れていく。回す手に力を込めると、先生は笑って私の背を支えて床に横たえらせ、首元に唇を這わせていった。

「紅茶味のジンギスカンもいいなぁ」

 先生は耳元でつぶやいて唇を身体の隅々にまで這わせていった。私はいうことの利かない身体でなんとか携帯に手を伸ばし、写真をとりあえず保存して先生のキスの嵐を受けて目を閉じた。

2010年5月17日

面白かったら押してください♪→ web拍手

▲go to top

inserted by FC2 system