dependence. > 先生! > play the GAME

play the GAME

 正直、面倒臭い。

 ろくに社会経験もなく、大学生から教員になった身としては、一般の社会人とは比べものにならないくらい、常識がない人間だろうしその自覚はある。

 それにしても、体育館で新一年生を目の前に自己紹介など時間の無駄としか思えない。どうせ新一年生は見慣れない校舎や見ず知らずのクラスメイトに囲まれて、ふわふわしていてろくに聞いてやしないのだから。

 ただ、やれと言われて断る理由もない。年中行事の一つであるからには、上に逆らうつもりもないし逆らうのも面倒臭い。

 隣が壇上から戻って来たので、重い腰をあげてマイクへと向かう。見渡すと半分寝ているような生徒とやけに緊張しているやつらの中に、よく見知った顔が目を爛々と輝かせてこちらを見ていた。

「社会科の伊藤です。一年は世界史を担当します」

 毎年のように言わされる定型文をつらつら述べると、また見知った顔と目が合った。やはり、とてもよく似ている。壇上で少し見つめると、小さく手を振ってきた。いかにも楽しげな、ともすればこちらをおちょくるようなそぶりにため息をつき、俺は壇上から下りた。

***

「伊藤先生!」

 廊下で聞くとより一層声も似ている気がする。俺は努めて冷静に振り返った。

「南高受かっちゃいました!」
「あー……」
「お姉ちゃんに聞いてた?」
「一応な」
「いつもお姉ちゃんのこと『島田』って呼んでるんでしょ?私も島田だからね」
「はいはい」
「出席確認のとき、間違って『島田響』て言わないでね」
「……わかった」

「島田さーん!一緒に帰ろうよー!」

 水飲み場から大きな声が廊下に響いて、「島田」は弾かれるように後ろを向いた。

「うん!待ってて!」

 やはり姉妹だけに、人付き合いはスムースなようで友達はすぐにできたらしい。ただ姿かたちは響に似ているが、こちらの島田はより人懐っこい。同じ環境で育ったとはいえ、妹気質がそうさせているんだろう。

「……じゃあな」
「お姉ちゃんに伝言ないの?」

 また探るように俺を覗きこんでくる。姉の彼氏に会うことが、そんなにテンションの上がることなのか。挨拶をしにいったときにはろくに口を開かなかったくせに。

「……今日会うからいいよ」
「そろそろかなあ」
「なにが」
「私にお兄ちゃんができるの」
「……早く帰れ」

 これ以上おちょくられるのは勘弁願いたい。俺は背中越しに「さようなら」と呟いて職員室に向かった。

もうとっくに島田を「響」と呼んでいることはばれていないようだ。隠すことでもないけれど。ふっと笑みをこぼすと、職員室から出て来た中島さんと目が合った。

「島田さん、そっくりね」

 小声で耳打ちされる。どうやら中島さんも「島田」に気付いていたらしい。

「姉妹ですからね」

 擦れ違いざま笑みをこぼされて、俺はまた深いため息をついた。椅子に座り携帯を開いて響にワンコールをするとすぐにバイブが震える。開くと「今講義中なの」とせっぱつまったような響のメールがそっけない文面で反って来ていた。

 ちまちましたボタンをなんとか押して「むかえにいく」と返信すると、しばらくして本文がハートマークだけのメールが帰って来た。今日は無性に響に会いたい。俺は適当に残務をこなし、車を走らせて短大の図書館で暇つぶしをすることに、たった今決めた。俺は喫煙室へ向かおうと取り出したタバコを胸ポケットにしまって、乱雑に置かれた書類の四隅を整えてペンを手にとった。

2010年6月4日ブログ掲載、2011/6/6up

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