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008 : パンクロックガール

多分口から先に生まれて来たであろう琴子でも、振られて途方にくれる話題がある。

「琴子さん、趣味ってなんですか?」

「え…えっとお」

趣味は入江くんです、と言えたらどんなにいいか。

本当のことでも、言わないほうがいいこともある。琴子には、自分の異常さが嫌というほどわかっていた。二十代後半戦にもなると、学習をするのだ。琴子でも。

でも、いや、しかし。

琴子から「入江くん」をとったら、大袈裟ではなく、何も残らないのだ。

一年でも、いや半年、一月でもいい、同じ職場で仕事をすれば、琴子の性癖も趣味もわかってくれるもの。

だが、今夜の夜勤の相手は、今週入った新人ナースだった。

「琴子さん、今日の私服、バンドTシャツでしたよね?」

「へっ?…ああ、そうなのかなあ〜。あれはじん…友達から貰っ」

「もしかして、あのバンドのライブとか行きますか?」

「…えっと、昔、たまに」

「私めちゃめちゃ好きで!最近はまったんですけど、いいですよね!」

「あ、う、うん、そうだよね」

「もしかしてインディーズ時代の音源とか持ってますか?聞きたいなあ!」

「そ、それはない、かな…」

こんな日に限ってナースコールが鳴らない。いや、鳴ってくれても困るのだが。今日はぽかぽかとした暖かい日だったから、みんなぐっすりと寝ているんだろう。

視線の定まらない琴子と新人ナースのかみ合わない話は朝まで続いた。


2009年1月29日

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