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009 : 甲子園

 琴子と直樹に、モデルの依頼が来た。

裕樹曰く、後輩が写真甲子園に挑戦するから、誰でもいいから沢山撮って腕鳴らししておきたい、と。

 直樹は写真に写ることを好まない。
 最も最近撮られた夫婦ふたりの写真は、紀子が隠し撮りをしたものである。夕焼けに染まった道を長い影を引きずり歩く二人。しかも随分遠くから撮ったのかはたまた感度の問題か、ふたりの顔すら判別がつかないので、その写真を手渡された琴子は曖昧に笑うしかなかった。

 裕樹が部屋から去った後、琴子は直樹の説得にかかった。引き受けなければこの世が終わってしまうとばかりに、大きな目を見開き両手両足をじたばたさせて、直樹にまとわりつき泣き脅しまでも演じて見せた。その渋い顔が諦めに変わった頃、琴子はスキップをして階下へ消えた。

 テーマは「新婚カップルの休日」。
 なごやかに協力し合いながら朝食を作り、朝の光の中で食卓を囲んだ後は、お弁当を持って近くの丘へハイキングをするというプランに、
「任せて!」
 確かに琴子は力強く頷いた。


「わわわ……目玉焼き……いいや、スクランブルエッグで!」

「きゃあ、パンが丸焦げ!」

「…お弁当にタコさんウインナーをって思って……ソーセージじゃ丸まんないんだね…」

 あまりの惨状に、カメラマンの卵はシャッターを切ることも忘れて「用事を思い出した」と我に反ったかのように、す、といなくなった。

「あ、あれおかしいな……。いつもはもっと……」

「いつもどおりだよ」

「……バカ琴子」

 茶焦げたパンとスクランブルエッグを食べると、直樹と裕樹は肩を叩きながら自室に戻った。

 台所には散乱したボウルや包丁、野菜の切れ端に囲まれた琴子が、ぽつねんととり残された。


2009年7月2日ブログ掲載/2009年7月31日up

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