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013 : 追跡者

ハワイに来てからというものの、琴子はすこぶる機嫌が悪かった。
原因はあいつら夫婦だというのもわかってる。俺はそれは別に、いいんだけど。

今夜は、琴子によると海に行ったりディナーをとる予定だったようだ。

風に吹かれたらめくれ上がりそうで、見ているほうがハラハラするようなサマードレスに着替え、唇に色を乗せた琴子は、鼻歌を歌いながら身支度をしていた。

琴子の支度は相変わらず遅い。
でも、今日は、別によかった。俺もとても気分が良かったから。

あの旦那が駆け込んできたとき、俺は表面的には冷静さを装いながらも、気分の高まりを抑えることが出来なかった。
これから先、一人前の医師になり、何人かの患者を受け持つことになるだろう。
それよりも早く、自分の力を試すことが出来るチャンスが巡ってきた。
俺は飢えていた。
冷静な判断と的確な処置の仕方を、ずっと講義のみで学んできたのだから。

俺は、目の前の患者を、快方へ向かわせることに集中していた。
琴子がやきもちを焼くまでは。

ガキのように駄々をこねる琴子を一喝すれば、琴子は間違いなく癇癪を起こす。そしてこの夫婦の部屋を飛び出す。それを承知の上での俺の行動だった。

うかつだったのは、あの奥さんが仮病を使っていたということだ。
それに気づかなかった自分は、未熟にも程がある。
結局のところ、自分はまだ、医者ではないのだ。
琴子にご高説を垂れる資格も、ない。

俺にも反省すべき点はあるのだろう。

きっと琴子は部屋に篭っている。どうするか…。
機嫌が直ったら、近くのバーで軽く飯でもとろう。

予想に反して、俺らの部屋に琴子はいなかった。財布もなにもかも置いたままだから、部屋に寄らずに外に「逃げた」んだろう。

俺は窓に駆け寄った。街灯が、ぽつりぽつりと散在している中、ガタイのいい現地人と思わしき集団が奇声をあげて行き来している。

もし、琴子があの集団とすれ違い、絡まれでもしたら。

俺は全身の毛が逆立つのを感じた。後悔と自分への怒り、そして琴子への…。

「あいつ…バカやろう」

俺はホテルを飛び出し、暗闇を行った。

 

2009年4月8日ブログ掲載/2009年5月22日up

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