dependence.>text>お題でイタキス
>015 : 無人島
読み掛けの文庫を適当に切り上げると、琴子は俺に背を向けたまま。
ベッドに腰掛ける姿勢も、文庫を読み始めてから幾分も変わっていないどころか……こいつ、ずっと固まったまま座ってたのか?
「おい」
「布団入れ」
そんなことすら忘れていたようで、琴子は、ああ、と歯切れの悪い言葉で俺達のベッドにもぐってきた。
それからも何かしゃべっていたようだったが、涙を流しているのか鼻声で、しかも布団を丸かぶりしているため、聞き取れやしない。
布団をひっぺがすと、琴子はシーツに顔をこすりつけて声もなく泣いていた。
「ねえ、もし…ぐすん…やっばいいや」
「はあ?」
「もしも、もしもよ」
叫ぶと琴子が跳ね起きた。目の端に涙の痕がこびりつき、シーツにこすれた鼻が赤くひりひりと痛そうだ。
晴れやかとは言い難い表情をして、タオルケットを指でこねている。
「?」
「入江くんが無人島に行くことになって……あたし、また一人で帰りを待つのかなって……」
「……そもそも無人島ってどこから出てきたんだよ」
「えっと……」
「で、俺は何しに行くんだよ」
「わかんない…」
必死に堪えていただろう琴子の顔が、だんだん歪んでいく。
一文字に硬く結ばれていた唇はその力がゆるみ、泣くまいと大きく開かれた瞳からは、今にも涙がこぼれおちそうだった。
「だってね、だって、だって」
「だってがどーした」
「入江くん超絶かっこいいじゃない?天才だし、お医者さんだし、このままでは」
「このままだと?」
「芸能人にスカウトされて、一ヶ月無人島生活みたいな番組に出て、人気出ちゃって」
「で」
「あたしのことなんか忘れちゃう……うぇ、うぇぇぇん」
こいつがここまで馬鹿だったとは知らなかった。
むしろ俺が泣きそうだ。
「……最近俺は忙しかった。おまえも忙しかった。おまえ、今週の休みは?」
「火曜日、お休みだったんだけど、患者さんが多くて、それにまわりの子もインフルエンザとかで、急に入ることになって、えっと、それから今日の金曜までずっと朝から晩まで」
「無人島がどうだかっつー話はどこから来た」
「今日の休憩時間、テレビでやってたの…」
…ばかばかしい。
「…お前がすべきことは」
「すべきことは?」
「今日はぐっすり寝ろ」
「それだけ?」
「そう。寝るぞ。おやすみ」
俺は琴子を力ずくで抱き寄せると、シーツをひっぱり布団を深く被った。
しばらくそうしていたら、琴子の身体がもぞもぞと動いて、俺に腕を首にまわしてきた。
「……入江くんにぎゅってしてもらったら、どーでもよくなってきた」
「そりゃよかった」
「ありがと、入江くん」
あごに柔らかい唇の感触を残して、琴子は更に俺に身を寄せて来た。
満足げに大きく呼吸をするたびに、俺の首に引っかかる腕に力がこめられる。
背中をくすぐると、きゃっきゃと身体をねじって、更にぴったりと身体をくっつけてきた。
俺も疲れているといえば疲れているのかもしれないが、それはまた別の話だ。
……どうすればいいんだよ、俺。
了
2009年3月2日