dependence.>text>お題でイタキス
>019 : ファイナルアンサー
実家から見る空は、いつも赤黒くよどんでいたから、俺は家を出ることにした。
勉強と、そして多少の息抜きができれば上出来。
二十年弱過ごした家は、粘っこいトリモチの罠となって俺の手足の自由を失わせ、戦う気力を削いできた。
家の至る所に仕掛けられたトリモチトラップは、足元を掬い全身に纏わり付く。俺は身体中をべたべたにされながら、それでも耐えた。
トリモチは俺の交遊関係にも及び、粘着力を維持しながらも、薄い膜となって俺と俺周辺をがんじがらめにする。
両手をがむしゃらにもがいても、不快な感触を断ち切ることはできず、いつか俺は戦うのをやめた。
そうっと身体を起こして、右足を持ち上げる。
足の裏が重くて、ようやく前へ進もうとするが、よろけて手をつく。そうすると手もトリモチの餌食になるから、八方塞がりとなる。
足裏にこびりついたガムは、最初こそ、その違和感に苦痛を覚えるが、段々とその感触に慣れていき、気付いた頃には跡形もなく消え去っている。
昔の俺は、足の裏など気にしないそぶりで、ただその粘力が衰えるのを待っていた。
俺の賭は吉と出るか、はたして。
新しい家は、段ボールと少しの家具で埋め尽くされていた。
積み上げられた荷物で、窓の外が見えない。
部屋の中央に幅をきかせていた段ボールを椅子がわりに、周りを見渡す。
隣人の水道音や、テレビの笑い声が漏れ聞こえてくることに安心を覚えたが、そんな自分が腹立たしくて、別の段ボールを片手で引っ張り寄せた。
その箱には、以前机の引き出しに入っていたものが、そのままの姿で並んでいた。
新しい家で見るそれは、どこかよそよそしささえ感じられるのが不思議で、俺は一人、静かな部屋に小さく声をあげた。
俺にしては珍しく、驚きと…そして込み上げてくるこの思いはなんなのだろう。
安堵?だとすれば、何に対して?
実家でその姿を見てから、随分と時間が経過したようにも思える。
人間の感覚程当てになるものはないのだと、改めて思い知らされるのだ。
「これ、粘着力減ってきてるよなあ」
無駄だよなあ、独り言に笑うと、手にとったそれを、段ボールを掻き分けた先にある定位置―――机の引き出しにしまいこんだ。
荷物の中に、違和感なく溶け込んでいたもの。
理屈ではなく、そういう何かがきっとあるんだろう、ただそれだけのことだ。
その低周波治療器は、今日も医学書の向こうにひっそりとある。
了
2009年3月14日