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021 : 待ち人を想う

「金之助、ちょっとそこ……おお、直樹くんじゃないか!」

 「ふぐ吉」の暖簾をくぐると、親父さんが琴子と瓜二つの大げさなリアクションで出迎えてくれた。

「琴子……さんから伺いまして」
「おお、あいつちゃんと言ってくれたのか!まあ、ひとまずカウンターにでも座って……おい、座敷用意しろ」
「ありがとうございます」

 親父さんは手をあげてこちらに合図をすると厨房の奥に消えていった。少し頭を下げてから改めて店内を見渡すと、人を縫うようにあわただしく従業員達が動き回っている。それぞれが与えられた仕事をこなし、また増えていく業務に順序良く手をつけていく。

「まずはなにをお持ちいたしましょう」

 従業員の一人が手を拭きながらカウンター越しに問いかけてきた。俺はカウンターに置かれた数多の日本酒の瓶を眺め、カウンターに向きなおした。

「辛目のを……冷やで」
「冷やですね、あいよ」

 親父さんは手に職を持ち、一人立ちをして従業員まで雇っている。どのような紆余曲折を経てここまでたどり着いたのかと思うと、とても俺には真似が出来ないと思う。自分の父親とは職種こそ異なるが、一線で活躍していることには変わりない。「あの」琴子を男手一つで育て上げたという点では、親父さんのほうがずっと苦労してきたのだろう。

「まだ空いてるかな」
「へい、らっしゃい!奥へどうぞ」

 どやどやと団体客が俺の後ろを通っていく。もう既に出来上がっているかのようなご一行を背に、あの日、お袋に手を上げてしまったとき、もしも俺がコートを忘れなかったらどうなっていただろう、と俺らしからぬ考えが頭をよぎった。もしもあの日、琴子が追いかけてこなかったら、俺はここにはいなかっただろうと思う。棘しかない言葉を発して傷つけたあげく家に寄り付かない俺のことを、今度こそ嫌いになっただろう。「医者になりたい」と発した言葉は琴子の気持ちをとどめておきたかったからなのか――。

 店内がひときわ賑わい出す。目の前に置かれた、並々と注がれた日本酒を口に含み、お通しに箸をつけると、あれこれと大きな声を出して指示していた親父さんが、ほっとしたような顔で近づいてきた。考えをめぐらせてもきりがない。俺は箸を置き、日本酒を一口飲んだ。喉から食道、そして胃にまで熱いものがじんわりと広がっていく。無理やり思考回路をストップさせて笑いかけると、親父さんは琴子と同じ顔で笑った。

 


2010年3月19日脱稿/2010年4月up

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