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028 : 隣の席の

 がらんどうの休憩室に一人、琴子はソファーに横になっていた。靴下を脱ぎ捨て、制服のボタンを二、三個外すと、腰から肩にかけての強張りがほぐれていく。琴子はほうっと息を着くと仰向けになり、足を高くあげて交互に動かした。バランスが悪いのか何度かよろめいた後、両肘を張り腰に手を当てる。時折裸足の足指がソファーに触ると、合皮がめくれ上がりスポンジのふやけた感触に当たる。足でめくれた合皮の端をなぞると、裂け目がほつれて糸が出ていた。

 糸をするすると引っ張りたい衝動を押さえ、琴子は反動をつけて起き上がった。年期の入った家具特有の、高く軋む音がした。

「アイハラ」
「ん……入江くん!入江くんも休憩なの?」
「……お前また食後のコーヒー運ぶの忘れただろ」
「え、ほんとに」
「そんな嘘つくバカがどこにいるよ」

 直樹は休憩室の入口で腕を組み、不機嫌なリズムで踵を鳴らした。

「俺も休憩なんだけど」
「う、うん、なんか飲む」

 琴子は手をのばし、テーブルにびちゃびちゃに跳ねさせながらコーヒーポットからカップへ注いだ。 スプーンを添えて、そろそろと体を浮かせる。

「そっちで飲むよね?あ、疲れてるよね?嫌じゃなかったら、あ、あたしの隣でも……、あ、でもテーブルのほうがいいよね」

「……こっちのテーブルで飲むよ」

 休憩室はそれほど広くはなく、ドアを開けると、目の前には会議テーブルと丸椅子が乱雑に置かれている。休憩用のドリンクや軽食は奥のソファーの周りにあるから、会議テーブルは、その名の通り簡素で味気がなく、物一つ置かれてはいなかった。

「それはお前らの中で流行ってる新しいファッションなのか?」

直樹は同じ姿勢のまま、少しだけ声を張り上げた。廊下に、直樹の声が響く。

「えっ……や、やだあたしったら!」

 琴子の制服のシャツは、ボタンを外して転がっていたからか、はだけてキャミソールがあらわになり、くっきりとブラジャーの刺繍が浮き上がっていた。ひっぱられて裾もはみ出している。スカートは先程の自転車漕ぎ運動のせいかせり上がり、白いふとももでかろうじて留まっていた。

「やっ、なっ、ご、ごめ、どうしよ、やだ」

 身体を捩って直樹の視線から外れようにも、手が塞がっていて思うようにならない。ホットコーヒーの入ったソーサーが、琴子の手の中でカタカタと音を立てる。コーヒーが波を作りソーサーへ零れる。

「琴子!」

 直樹は琴子からコーヒーを奪い取るとテーブルに置いた。ドアがゆっくりと閉まる。その音を聞きながら、直樹は掠めた琴子の指先の感覚が、掌から腕を伝って耳の後ろの鼓動を鳴らすのを感じていた。

「……火傷したいのか」
「あ、ありがと」

 直樹はテーブルを爪でひっかきトントンと叩きながら、カップに残った僅かのコーヒーを飲み干した。

「俺行くから」
「い、入江くん……なんだか、怒ってる?」
「……お前、いい加減にしろよ」

 直樹は力任せにドアを閉めた。

 

2009年7月20日

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