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029 : 鎖

 あたしは何度も何度も指輪を見てはうっとりとした気持ちになっていた。かわいいハート型のこの指輪を、入江くんはどんな顔をして買ったんだろう。悩んだかな、あたしのことを思い出して選んでくれたのかな。

 あたしは今日何度目か分からないためいきをつき、鏡台に置かれたアクセサリーボックスを開けた。独身時代に買ったものや、お義母さまからいただいたアクセサリーが行儀よく並べられていて、あたしはまたためいきをついた。この中に、結婚指輪以外の、入江くんがくれた指輪が並ぶなんて考えたこともなかったからだ。

「そうだ!」

 アクセサリーボックスは二段になっていて、上の段には指輪やブローチ、下の段にはネックレスが入っている。あたしは下の段から何のチャームもついていない細い鎖を手に取り、指輪にそれを通した。チャームは昔、何かのはずみでなくしてしまったお気に入りのもので、その時は泣き通して入江くんに呆れ顔をさせてしまった。それからずっと、この鎖だけはアクセサリーボックスに眠っていたのだけど。

「よいしょっ……と……」

 鎖に指輪を通し、手を首の後ろに回しても、うまく鎖がかみ合わない。背中がピキピキ鳴り、腕がしびれる。首も痛いけれど、鎖は止められない。

「ただいま」
「やーん、入江くん!助けてぇ!」
「なにしてんの」
「と、止めて!後ろ!うしろぉ!」
「なんだよ」

 鏡越し、珍しくスーツを着た入江くんが見える。意外とゴツゴツとした指が、あたしのうなじに当たる。少しひんやりとしているから、きっと今晩は冷えるだろうな。

「なんだこれ、穴が小さいな」
「ふふっ」

 背中の痛みから解放されたあたしは、思わず吹き出してしまった。入江くんにも、苦手なものがあるなんて。

「……めんどくせーな」
「いいよ、つけて寝るから」

 あたしはなんだかおかしくって、胸に光る指輪をなぞってハートの形を確認するとベッドにダイブした。

「うふ、うふふっ」
「……気持ち悪い」
「いーんだもぉん!」

 これからも、毎日少しずつ、あたしの知らない入江くんを発見できる気がして、それだけでこんなに幸せな気持ちになるあたしは本当に幸せものなんだなぁと思った。

「また明日ねっ」
「もう寝るのかよ」
「寝ないけど、でも、また明日ねっ」

 目をつぶって、明日の入江くんを想像していると、ベッドがきしむ音がした。目を開けると、入江くんもベッドに転がってこちらを見ていた。

「指輪、ネックレスにしたの」
「う、うん!これならね、なくさないし仕事中も」
「仕事中は外せよ」
「いいじゃない、固いこといわないのっ」

 入江くんの手が、あたしの頬を撫でる。やっぱり少し冷たい。それさえも嬉しくてまた笑うと、入江くんはあたしの肩を押してベッドに仰向けにさせた。

「ふふふっ」
「……ホントに気持ち悪いやつ」

 入江くんは音を立ててネクタイを外すと、あたしの目をそのゴツゴツとした手のひらで覆って、あたしに深く口づけた。唇は温かくて、あたしはまた笑った。

 


2010年3月4日脱稿/2010/3/18修正/2010年4月up

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