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032 : 抜け道

 誰かにつけられている気がして、直樹は運ぶ足の速度を変えず、頭を少しだけ斜めに倒し後ろをちらりと見た。直樹に覆いかぶさるように、楕円の、不気味なほど大きく見えるオレンジの太陽がビルの陰に隠れてはまた現れている。まだ水色を保つ空に、光を放っては隠れる。たっぷりと水を含んだ筆でオレンジの絵の具を掬い、ぽとりとキャンパス落としたそれを筆で重ねていくと、次第に色を紫に変え藍色になり闇に消えていく。直樹は足を留めて高層ビルの谷間から見える限りの空をぐるりと見渡した。東京の空は、四角くて狭い。

「あれ、い、入江くん!? ま、まって」

 大きな紙袋を三つぶら下げた琴子が、空が藍色に変わる間際、直樹を見つけ走り寄って来た。

「なんだよ」
「えっ、えっとー、久しぶりに会えたし」

 直樹は紙袋の持ち手が食い込み、琴子のむきだしの肩に赤い線を作っているのを認めた。

「違う。その紙袋」
「いやーね、夏のバーゲンよっ」
「……安物買いの」
「なによう」

 琴子はぷうと赤らめた頬を膨らませたまま、紙袋をぶんぶんと振り回し、楽しげにキャッキャと笑った。

「ご機嫌だな」
「入江くんこそ、こんなとこで何してるの?」
「渋谷で本買ったんだよ。抜け道通って帰ろうとしたら、誰かさんに見つかってさ」
「抜け道?ちょうどよかった!あたしじんこたちと別れた後」
「迷子になったんだろ」
「うっ」
「お前見えてんの」
「あ、あまり……。急に暗くなっちゃって、夏っていつまでも明るいから油断しちゃうんだよね」

「ばーか」
「むっ」
「ここで朝を迎えるならどうぞ御自由に」
「い、入江くんと?」
「はあ!?」
「で、できれば家まで送ってって欲しいな、なんて」
「……ったく」

 直樹は琴子から紙袋をブン取ると、そのまま歩き出した。

「ま、待ってよお!」

「……重てーなこれ。何買ったんだよ」

 直樹の隣に追い付いた琴子が、思いだし笑いか、プッと吹き出した。

「ベルト詰め放題だったの!ロックなトゲトゲなのとかいっぱい」
「……お前の服の系統でロックもなにもねーだろ」
「まあ、それはそれよ」
「やっぱり安物買いの……」
「入江くん」
「何」
「……見えなくなってきちゃった」
「ばーか」

 手探りで隣の直樹にしがみつこうとする琴子の手の平に自分の手の平を差し入れ、ぎゅうとにぎりしめて、直樹は歩みを遅めた。

「ありがと」
「ばーか」
「もっ……バカバカ言い過ぎっ」
「馬鹿なんだからしかたないだろ」
「もおっ」
「お袋の飯でも食っていくかな」
「う、うん!」

 直樹は握る手を強めると、琴子を見ずに真っ直ぐ歩き出した。


2009年7月11日ブログ掲載/2009年7月31日up

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