dependence.>text>お題でイタキス >047 : 靴下
廊下に備え付けてある長椅子には、診察を待つ患者や不安な顔をした付き添いの人々が身を寄せ合ってぎゅうぎゅうに詰めて座っている。椅子が足りず廊下をぶらつく人々や、忙しく駆け回る看護師の間をすり抜けて処置室へ向かう途中、肩を叩かれた。
「入江先生」
「……悪いけど今忙しい」
桔梗の手を払うと、後ろからくすくすと笑い声が聞こえた。
「……なんだよ」
振り返ると、桔梗は俺の足先を指している。
「入江先生も、五本指ソックス履くんですね」
ペタペタに履きつぶされたサンダルから見える足先。忘れていた違和感を覚え、俺は指を動かして慣れない感触を紛らわした。
「思い出させんなよ、これはあいつが勝手に買ってきたやつで」
「あ、入江くん」
「あら、噂をすれば琴子じゃないの」
患者を送った帰りであろう空の車椅子を押して、俺の足元を見つめた後、琴子もくすりと笑った。
「どう?五本指ソックス。あ、モトちゃん」
「……どうもこうもねーよ」
「まあまあ、しょうがないじゃない、ねっ」
「何か理由がおありになるんですか?入江先生」
「それがね、モトちゃん。ちょっとした家庭内パンデミックなのよ、えへへ」
「パンデミックゥ!?」
桔梗の叫び声がこだまし、ざわついた廊下が静まり返る。俺は廊下の隅に二人を引きずり込むと、怒鳴りたい気持ちを抑えて小さく声を絞り上げた。
「お前ら、ここがどこだか分かってんのか」
「び、病院です」
「びびびょういんです……入江くん怒ってる?」
「怒ってるにきまってんだろ!時と場所と言い方考えろ!」
二人は肩を落としてもじもじと指先をいじっている。
「ごめんなさい」
「申し訳ありません」
「……ったく余計なことに時間取られた」
二人の肩を叩き、俺は今度こそ処置室へ向かった。二人のため息が背中越しに聞こえたと思ったら、やはりいつものトーンの与太話が俺の身体を突き刺してくる。俺は無視して歩みを速めた。
「ねぇねぇ琴子、パンデミックって」
「それがねぇ、お義父さんが水虫もらってきちゃって、家族みんなが水虫になっちゃったのよ」
「えっ……い、入江先生もぉ!?」
「うるさいぞそこの看護師達!」
傷口を広げることばかりしやがる。俺は怒鳴ると処置室まで走った。
了
2010年1月26日ブログ掲載/2010年4月up