dependence.>text>お題でイタキス >052 : 紅

052 : 紅

 デパートの地下街には、一ヶ月前より大分小規模の、やはり飾り立てられた一角があり、男性がぽつりぽつりとやってきてはクッキーやお菓子を買っていく。昨今は不景気も手伝ってか2月3月の菓子会社の陰謀はふるわないが、コミュニケーションの手段の一つとして、ある程度は定着をしているのだろう。

 琴子は、いくつかのショウケースの前を小動物のように、きょろきょろと目を配らせながら歩いていた。腕にはいくつもの小さな紙袋がぶら下がり、左手には財布をしっかりと握っている。あるショウケースの前でまた紙袋を増やすと、琴子は足取りも軽くデパートを後にした。

「はい、クッキー」
「……なんで」

 自室で椅子に腰掛けて本を読んでいた直樹は、目の前に差し出された「それ」をまじまじと見つめて、そしてようやく声を絞りだして言った。

「ええー、入江くん知らないのぉ?ホワイトデー」
「……知ってるけど」

 ピンクの包装紙できれいにラッピングされた手のひらほどの大きさの「それ」には、はっきりと「white day」と書かれ、ご丁寧に赤いリボンまでつけられている。直樹は受け取ると、しげしげと「それ」を見つめ、それから琴子を見上げた。琴子は満面の笑みで直樹を見つめている。

「あんまり甘くないの、買ってきたからね」
「……いや」
「ええっ、いやなのっ」
「いや、そうじゃなくて」

 琴子の手が「それ」をひったくるような仕草をしたので、直樹はそれを制して読みかけの本を閉じた。

「……普通、男が女にやるもんじゃねぇの」
「だってどうせ入江くんくれないでしょ」
「……まぁ」
「"友チョコ"があるくらいだしぃ、いやっ入江くんはあたしの旦那様なんだけどぉ、やっぱり、ねっ」
「……お前が食べたかっただけだろ」
「まあまあ、いいじゃない!ねっ開けてみてっ」

 直樹は琴子に言われるがまま、包装紙を破り、それから足元においてあるかばんに目をやりため息をついた。

 書類にまぎれて、一輪の赤い花が直樹を見ていた。


2010年3月3日脱稿/2010年4月up

web拍手

inserted by FC2 system