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053 : 無法地帯

「デートみたいだね」

 スツールに座る俺の背後から嬉々として言い放つと、琴子はラミネートでコーティングされた札を俺に手渡した。表通りに面した硝子に視線を戻すと、琴子はトレイに置かれた二人分の紙コップを器用にテーブルに置き、膝に重たそうに膨れた鞄を乗せて笑った。

 通りをカップルや若者が絶えることなく通り過ぎていく。日本の女性は愚かだ。老いも若きも作られたトレンドに流されて、メイクはおろか靴や鞄、仕草や口調まで右に倣えとばかりに振る舞い同性同士で競争をし合う。この間、琴子もよく履いている足先のない黒いタイツを少しからかってみたが、けして股引ではない、色が違うじゃないのと頭から湯気を出して憤慨をし、俺は大変愉快だった。

 こんなことを思い出すのは、今日の琴子がとても短い丈のヒラヒラとした、危うい薄さのワンピースを着ているにも係わらず、裸足にサンダルを履き、厭味なほど肉の付いていないまっすぐな素足を晒しているからに違いない。鞄の隙間から見える足に目をやり、少し距離を離して座り直し視線を戻すと、映る硝子越しに琴子がよたよたと肩が揺らしていた。背丈に合わないスツールに悪戦苦闘し腰が定まらないようで、高く一つにくくられた長い髪の毛の先が、俺の頬を掠めた。

「番号札3番だって」
「ふーん」
「5分少々お時間いただきますって」
「怠慢だな」

 頬に先ほどの接触の余韻かちくちくと痺れが走る。片肘をついて指先で頬に触れると、琴子御用達の甘ったるいシャンプーの匂いが、嫌に鼻についた。

「今の本屋さんって凄く広いのね、あたしもうくたくた……」
「お前が勝手についてきたんだろ」
「ひどーい、か弱い乙女に"大丈夫か"の一言くらい……」
「なんで」
「……だよね、いいもんいいもん」

 硝子越し、琴子は派手に音を立ててストローをすすり、肘を突いて拗ねたように顔を背けた。前に広がる通りでは、髪を茶色に染めて鏡と小一時間は格闘したであろう若い男の集団が、露出の高い格好をした薄っぺらい女の集団を引っ掛けていた。女は肉付きのいい太股を晒して、男の肩を叩いて大きな口をあけて笑っている。

「やめたの、股引」
「っもも……!もう股引でいいや……。やめてないわよ、今日は、暑いから履いてないだけ」

 硝子越しに琴子がスツールから身を乗り出して迫るように捲し立て、それから観念したかのようにまたよたよたと座る様子が見えた。またスツールと戦っている。

「……履けば」
「えー嫌だよ、暑いもん。それに、あたしは着たいものは好きなときに好きなように着たいし……。入江くん、なんか変……あたしが気になる?ねえねえ」
「ならないしうるさい、暑苦しい、その上自意識過剰が過ぎる頭の悪い女の完璧な見本だなお前。知ってたけど」
「ひどっ……」
「馬鹿じゃねぇの」

 俺はアイスコーヒーを音を立てて一気に飲み干すと席を立った。

「あっ……、やだ待ってよぉ!ビッグマックまだ来てないのにぃ」

 琴子がバタバタと音を立てて俺の後ろを付いてくる。俺は悪態をつくことで築き上げられていた琴子との壁が、年月を経て雨風にボロボロにされていくのを実感し、とても恐ろしかった。早く自室に戻りたい。後ろを付いてくる琴子の気配がひどく気に障り、俺は歩みを速めた。


2009年8月7日up

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