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057 : 溢れる涙を拭って

 きっと髪の毛も化粧も涙と雨でくちゃぐちゃになってる。叩かれた頬の痛みはそれほど感じない。けれど、叩かれたその事実がショックで思わずわめかされ、決して振り向かないであろう人に、やはり好きだと思いの丈を伝えることになるなんて、どこまであたしは無様な姿を晒さないといけないんだろう。

 ただあたしは入江くんのことが好きで、そばにいられるだけでも奇跡だったのだから、それ以上を望んだ自分が愚かだったのだ。喉はかれはてて言葉に詰まってしまう。涙しか出てこない。この涙のもとは無様な自分への悔しさからなのか、入江くんへの諦められない気持ちからなのか、あたしにはわからない。

 心の中で決めたこと。入江くんをずっと好きでい続けるということを暴露させたところで、入江くんはあたしに何を望むというのだろう。

 頬をとめどなく伝う涙をぬぐわれて、目の前が真っ暗になる。唇が温かいもので塞がれて、あたしは目を見開いて立ち尽くした。口の中に温かいものがゆっくりと進入してくる。恐る恐る舌で触れると入江くんは味わうようにそれをからませる。食べられそうになる感覚を乗り越えて入江くんの舌に翻弄されていると、入江くんは一度顔を離して、あたしの顔を手で固定してまた唇を塞いだ。

 あたしはゆっくりと目を閉じた。目尻から涙が頬を零れ落ちていく。その感触は確かに感じるけれど、今起こっていることは夢なのだと自分に言い聞かせていた。

 でも目を開けると飛び込んでくるのは入江くんの少し怒ったような、困ったような顔で、あたしはゆっくりと瞬きをして声を絞り出した。

 


2010年3月19日脱稿/2010年4月up

10巻のスキマのスキマです。

  

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