dependence.>text>お題でイタキス >060 : 異議あり!

060 : 異議あり!

 立ち合いの瞬間、場内は静まり返る。
 呼吸を揃えた力士が仕切り線に手を付き、間をおくことなく身体と身体と強くぶつけ合う。土で出来た土俵を、裸足が蹴り、踏ん張る。両の力士のふくらはぎは締まり、太い腕と大きな手が体にまわされる。体を跳ねさせる度に筋肉が盛り上がる。手指で探りまわしを掴み合った両者は、やがて丸い土俵の隅で駆け引きをする。勝負は、足首にテーピングを巻いた力士が土俵際で放心をしたときに決まる。

「いい趣味じゃねーか」

 直樹はほんの少し緊張の解けた顔をして、渡辺を見た。

「だろ?この緊張感がいいんだよ」
「ふぅん」
「ちなみに今のは寄り切り」

 渡辺は解けた氷で薄まったアイスコーヒーを飲み干すと、直樹のグラスに紙パックのアイスコーヒーを注いだ。

「大学生って、こんなに時間が有るんだな」
「お前、高校ん時別に相撲なんか」
「"なんか"って」

 渡辺は苦笑いを浮かべると、自分のグラスにアイスコーヒーを注いだ。ドボドボと大げさな音を立てて、コップが満たされていく。

「琴子ちゃん元気?」
「……さぁ、興味ない」
「押し倒せるか……」
「あ?」
「いや、押し倒せそうなのかなって」
「はぁ?何言って……」
「相撲の話だよ」

 直樹はテレビに目をやると溜息をついた。
 先程と異なる色のまわしをつけた力士が、土俵の隅で相手を出し抜こうとしている。

「琴子ちゃんは」
「……今度は何」
「琴子ちゃんには、そろそろ根負けしても良い頃じゃないかなと思ってさ」
「……勝負にもならねぇよ。返り討ちにしてやる」
「……ふぅん」

 直樹はグラスを煽った。喉を鳴らして一気に飲み干す。グラスの表面から、ぽとりと水滴が落ちた。

「寄り倒しか浴びせ倒しか」
「だから、琴子とはそんな関係になるわけないだろ。あいつが勝手にスキスキって擦り寄ってきてるだけで俺には関係な……」
「相撲の話だよ」

 渡辺は噴出すのをこらえながら、テレビ画面を指差した。力士がふたり、土俵下でもつれ倒れていた。


2009年7月19日ブログ掲載/2009年7月31日up

拍手する

inserted by FC2 system