dependence.>text>お題でイタキス >076 : ささくれ

076 : ささくれ

「もうやだ!」

琴子は大またで家路を急いでいた。どんどんと地面を踏み鳴らし、肩を怒らせて歩く。

「あたしわるくないもん!」

 全ては今日入院してきた患者さんに端を発する。検査の名目で入院してきたその患者達は、琴子達看護師のみならず、医師をも困惑させた。

「なんでみんなコマツガワブンジロウなのよぉ!」

 漢字は違えど、日本の各地から最新の治療を受けるため五人のコマツガワブンジロウが斗南大学病院に入院をしてきたのだ。空きベッドの都合で、同じ階に部屋こそ違えど五人のブンジロウが存在することになった。現場は大混乱をきたしたが、当然ながら彼らに罪はない。看護師になって早幾年、中堅の粋に属する琴子であっても、経験で埋めていた慌て心を呼び覚ますには充分のシチュエーションだった。大きなミスはなく、ブンジロウ達はとても人当たりのいい患者達だったが、かえってそれがナースステーションをパニックに陥れた。

「ブンジロウさんを処置室に送って行ってその後別のブンジロウさんの血液検査でしょ、その後更に別のブンジロウさんのCTスキャン……そして」
「おい」
「なによブンジロウ!」
「……俺はブンジロウじゃないけど」
「わ、入江くん!」

 息も途切れ途切れの直樹は、両膝に手を置き大きく呼吸を繰り返した。

「……お前、歩くのはえーよ」
「あはは、ちょっと考え事……」
「帰るの」
「え?うん、入江くんももう終わり?一緒に……」
「……ブンジロウに教えてもらったんだけど」
「どの?」
「白髪のブンジロウ」
「ああ!……何を?」

 息を整えた直樹は、琴子のいつのまにか固く握り締められた両拳を手に取りゆっくりと解くと、琴子の目を見て囁いた。

「ブンジロウさん、そこの居酒屋のマスターの紹介でウチに来たそうだ」
「へえ……」
「美味しいから飲んで帰ったら、って」
「え」
「たまにはいいじゃん、飲んで帰ろうぜ」

 口の端をあげてにやりと笑うと、直樹は琴子の手を握りしめ、居酒屋へと歩き出した。

「入江くん」
「何」
「……ありがと」
「……程ほどに飲めよ」

 二人はクスクスと笑いあい、身体をぶつけ合いながら暖簾へと消えた。


 

2009年9月3日up

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