dependence.>text>お題でイタキス >084 : 歴史は繰り返す

084 : 歴史は繰り返す

「おっと、トイレいってくるかな」

 お義父さんはそう言うと、お猪口をテーブルに置いて戸を閉めた。お義母さんのことを話すお義父さんの顔はとてもほがらかで、ただ酔っているせいか目が赤かった。

 琴子はほとんどお義母さんのことを話さない。幼い頃に母を亡くした琴子がどのように気持ちの整理をつけていったのかは想像するに苦しくなる。自分をこの世に産み落としてくれた、ただ一人の母親なのだから。琴子はどこまでも明るい。そのくせその光の中にはところどころに暗い闇があって、俺はどこまで踏み込んでいいものか思案しているうちにこんなに時間が経ってしまった。

 戸を開けて琴子の様子を伺うと、邪気のない顔をしてすうすうと眠りに落ちていた。寝顔を見ながら、俺は今後琴子が照らす光が陰ることがあったとしても、それを跳ね返すような力を蓄えていようと思った。

「……俺は死なないよ」

 言葉に出すととても陳腐で薄っぺらく聞こえる。布団の中で琴子は小さく唸って寝返りを打った。


2010年3月17日脱稿/2010年4月up

web拍手 inserted by FC2 system