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089 : 革命

「いつからなの?」

 琴子は俺の肩に頭をもたげて、ほとんど中身のない缶チューハイをカラカラと揺らした。

「しつこい」

 アルコールには、普段は我慢し押さえつけていた隠されていた思考を引き出す力があるらしい。少なくとも琴子にとってはそうだ。琴子はいわゆる「絡む」タイプで、こうした琴子の姿を見るたびに、要らぬ我慢をさせていたのかと悔やむ夜もあるけれど、先ほどから何度となく繰り返される質問にはほとほと参る。俺はまた同じ台詞を吐いて琴子の頭を押しやった。

「んもう、ねえねえ」
「……お前禁酒しろ、永遠に」

 琴子はからだをふらふらと左右に揺らして笑い、テーブルに突っ伏した。

「入江くんはぁ、いつからあたしのこと好きなのぉ?」
「うるさい」
「んー、神戸のチューハイもぉ、東京のと一緒だぁ」
「当たり前だろ」

 また携帯電話のランプが着信を告げる。マナーモードを解除せずにいたことに、自分の錯乱振りがよくわかるというものだ。なにしろ琴子は、この家の鍵を持っていないのだから、東京よりは暖かいとはいえ12月の冬空に置いてはおけないと、慌てふためいて勤務先を後にしたのだ。

 悔しいくらい俺をからかうことに長けている親が「一足早いクリスマスプレゼントをそちらに送りました」などとふざけたメールを昼のタイムスタンプで送ってよこすから、昼休みからずっと気が気でなかった。琴子はどこかねじが外れているとはいえ、早く着けば近くのファミレスで暖を取るくらいの知恵はあるのだ。足早に帰路に着く途中に舞い込んできた琴子からのメールを見て、そういうごくごく当たり前の結論に至った。自宅まであと五分といったところで、路地を抜けてファミレスで琴子を拾い、コンビニで食糧を買い込んで、そして今に至る。

 琴子の背が規則的に上下し始めた。どうやら大人しくなってくれたようだ。力の抜け落ちた手のひらから缶を抜き取ってテーブルに置き、携帯を見た。案の定メールの送信者は「プレゼント」の送り主で、無事に着いたのかと危惧しているようだった。

「ったく」

 返信ボタンを押して、カメラを立ち上げ、すっかり寝息を立てている琴子を画面めいっぱいに撮り本文には何も書かずに送信してやった。無事に二人でいるということが分かればそれでいいのだろうから。

 世間的には早すぎる結婚であり、自分としても不本意なスピードではあったけれど、あのときに結婚していてよかったのだと、今なら思う。幾度となく思いを伝えているつもりでも、琴子の根底にあるのは俺の愛情のありかのようだから。物理的に離れている今は余計に不安に駆られていることだろう。これ以上どう伝えれば納得してもらえるのかなどと考えを巡らせてみても、言葉で伝わらないのならと肌を合わせてみる。それでも分からないのならと何度も身体を重ねても、どうやら琴子は自分が納得する言葉が欲しいようだった。痺れを切らしてそれがなにかと尋ねれば、それでは意味がないと言う。絡む。泣く。今日はまだ、泣かれないだけマシだった。

 眠り姫は、仕事納めを待って俺と一緒に東京へと戻るらしい。強引さと図太さにかけては賞賛に値する。同じくらい自分自身にも自信を持ってくれたらと思う。

 ベッドに寝かせて頬を撫でると、琴子はうざったらしいと言いたげにしかめっつらをして首を振った。それでも止めずにいると、手で払いのけられる。

「……うるせーよ」

 そのまま手首をベッドに押し付けて唇を合わせると、ライムの味がした。甘酸っぱいアルコールなど俺には不釣合いな気もするが、溺れてみるのも悪くはないと思うのは、たった今琴子の頬に涙の痕を見つけてしまったからなのかもしれない。

 クリスマスには、酒は程ほどにさせて話を聞いてやろう。少しでも思いを伝えられるのなら、世間の浮かれた雰囲気に飲まれるのも悪くはない。

「……俺が片思いしてるみたいじゃねぇか」

 腹の底からくつくつと笑いがこみ上がり、俺は手をつけていなかったビールの缶を手に取った。開けると気の抜けた炭酸音が部屋に響いて、まるで今の自分のようだとまた笑った。


 

2010年12月21日ブログ掲載/2011年3月12日up

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