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宝島<1>

 郊外に大型のショッピングセンターが出来たおかげで、駅前の商店街はシャッターを閉めたままの店が多くなった。危機感を覚えたのか、最近ではよく、商店街合同での福引セールが行われている。入江くんとやっと入籍を済ませ、大手を振って歩けるようになった頃オープンしたのがあたしのお気に入りのドーナツ屋だ。無添加をウリにしているそのドーナツ屋は、テイクアウトのほかに、シンプルなイートインコーナーもある。日替わりで変り種のドーナツもあり、毎日通っても飽きが来なくてあたしは大好きだった。プレーンドーナツと紅茶を頼んで外を眺めるのが好きだ。オープンから十日余、毎日通っているおかげか、店員にも顔を覚えられ、今日は福引の引換券も多くつけてくれた。
「まだ何本か、一等が残ってるから引いていきなよ。今日までだからね」
「えっ、いいんですか?」
「また来てくれるでしょう?」
 店員は笑って束になった福引券をレジ下から取り出した。
「外れたら、またいらしてください。こんなにあるんですよ。ノルマでね」

  ***

「嘘っ!」
 商店街に鐘の音が鳴り響く。
「一等の宝島温泉旅館ツアーが出ました!」
 福引のおじさん係員が威勢のいい声を張り上げる。花粉が多く飛ぶ季節になった頃でもあるし、外れのティッシュでもいいと思っていた。無欲の勝利。いつだったか、なにかのテレビを見ながら入江くんが呟いていたことを思い出す。当たれと思うとなかなか当たらないものだ。宝くじでそれは嫌というほど実証されている。
「おねえちゃん、ペアだから彼氏でも誘っていきなよ!」
「えへへ、なんか、いいのかな?」
 まるで夢のようだ。入江くんと旅行だなんて、新婚旅行以来だ。まだ、入江くんの答えは訊いていないけれど、きっとお義母さまが説得してくれるはずだ。
あたしはふわふわした中を急いで家に戻った。早く味方をつけて、作戦を練りたい。あたしは台所へと直行した。
「ど、どうしたの琴子ちゃん、すごい剣幕で」
「温泉ツアーが当たったんです! ペアで!」
 パンフレットと二枚のクーポンチケットを見せると、お義母さまはうっとりとため息をついた。
「まあ、旅館なんてステキねぇ! おにいちゃん誘っちゃいなさいな! 入籍記念よっ」
「でも入江くんなんて言うか……」
「そんなの、どうにでもなるわ!」
 お義母さまはやはりあたしの強い味方だ。あたしはお義母さまと手を取り合って入江くんの帰宅を待った。

  ***

「ってことで、温泉に行くからねっ!」
lリビングに入ってきた入江くんを、あたしたちは仁王立ちで迎えた。有無を言わせない、強い口調で言い放つあたしとお義母さまを見て観念したのか、反論は無駄だと悟ったのか。、入江くんは不機嫌そうに首を鳴らす。
「……で、どこだって?」
 入江くんの眉間の皺が深い。いつもなら怖気づくところだ。あたしは負けないように入江くんと同じ顔をしてパンフレットをテーブルに置いた。
「宝島温泉旅館っていうところよっ!」
「……山梨か。どうせ何言っても」
「無駄よっ」
 お義母さまが入江くんを指差し、ドスをきかせて言った。
「母親命令よ! 琴子ちゃんと行ってらっしゃい! そして赤ちゃんのひとりや二人でも作ってらっしゃい!」


 


 

 

2011年3月2日up

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