真冬とはいえ、太陽が真上に登る頃になると、日差しが眩しく感じられる。
理美は少し開いていたレースのカーテンをぐっと閉めると、ため息をついた。
「…ふぅん」
「で、どう思う?」
琴子は大きくあくびをすると、ソファに横になった。
「もう考えすぎちゃって、理美ならお姑さんになんかしたことあるのかなぁって」
「…あるけど入江のおばさんは特殊でしょ」
「特殊…」
「うちは参考になんないんじゃないの〜」
理美もつられてあくびを一つこぼし、琴子の向かいに腰かけた。
「琴子がうち来るのって久しぶりよね」
「うん、ちょっと来ない間に…」
「夕希も幼稚園に行くようになったし、昼間は静か過ぎて落ち着かないわ」
理美はあはは、と笑うと飲みかけのコーヒーに口をつけた。
「あっ!!!!」
「ごぼっ」
「あ、ごめん理美!」
「ごぼっ…急に大声出さないでよっ」
布巾とティッシュを両手に、ぶつぶつと琴子が続ける。
「おかあさま、最近、盗撮に凝ってて」
「…ここ何年も趣味になさってるんじゃ…。って、布巾持ってるだけならちょうだいよ」
「あ、ごめんごめん」
ガラスのテーブルにこぼれた茶色の液体を、無造作に拭くと、琴子は尚も続けた。
「カメラ…とか、どうかな。プレゼントに…」
「…盗撮って犯罪よね?」
琴子から奪い取った布巾で丁寧にテーブルを吹きながら、呆れた声で理美がこぼす。
「えー、だって、裕樹と好美ちゃんのデートの後をくっついて撮ってるだけだもん」
「…その他に、入江のおばさんの趣味は無いの?」
「料理かな〜。お洋服とかも好きみたいで、編み物もお好きよ」
「ふぅん」
「料理っていっても、材料を買ったら"作れ"って言ってるみたいでプレゼントにならないでしょう?お洋服は好みがあるし、毛糸は沢山持ってらっしゃるもの」
うわーん、わからないよー!
琴子は叫ぶとテーブルに突っ伏した。
「入江くんたら、入江くんたら、相談した次の朝なんて言ったと思う!?"嫁としてのお前の真価が問われるよな、お前一人で頑張れよ"って言うのよおっ」
「入江くんって相変わらず意地悪ねぇ」
…でもかっこいいんだけどね。
つぶやくと、コーヒーを一気に飲み干し、琴子が尚もわめいた。
「もうわかんなくなってきたああ」
「はいはい、コーヒーおかわり要る?」
「要るっ」
ソファに深くもたれ、ふうとため息をつくと、テレビ横の食器棚の上に、キラキラ光るフレームがいくつも飾られているのが見えた。
琴子はフレームの一つに手を伸ばし、そこに映る笑顔の人々を眺めた。
幼稚園の制服を着た夕希を真ん中に、理美と良、その後ろに良の両親と理美の両親が、はじけんばかりの笑顔で納まっている。
琴子と直樹の部屋にも写真たては至るところに置かれている。結婚式の写真、新婚旅行の写真。
勤務中の琴子と直樹の2ショットが置かれていた時は、さすがに直樹が怒鳴って、紀子に押し返していた。
そうして直樹に突っ返された琴子と直樹の写真は、必然的に居間に飾られることになる。
最近は、裕樹と好美の写真も増えてきているから、居間の一角はちょっとした写真展示場のような体をしている。
琴子は我が家の居間の、直樹や裕樹の言うところの「惨状」を思い出すと、こみ上げる笑いを押さえられなかった。
と同時に、頭の中の崖っぷちから、アイディアという石ころがゴロゴロと転がってきたのを感じた。
「…ねぇ理美」
琴子はゆっくりと瞬きをしながら、尚も食い入るように写真を見つめている。
「なによ」
理美はソーサーを丁寧に置くと、いぶかしげな声を上げ、ソファに座った。
「夕希ちゃん、この写真より大きくなった?」
「そりゃそうよ。毎日大きくなっていってる気がするわ」
「理美もこの写真より年取ってるってことだもんね」
「なっ…なによ、ちょっと失礼じゃないっ」
「あたしも、おかあさまも…、いつかは年を取るのよね」
「今だってずっと取ってるわよ!あんたたちだけいつまでも若いつもりで…」
「決めたわ!」
「話聞きなさいよっ」
「あたし、写真をプレゼントするっ」
続く
2008年11月18日